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雑誌会

2025.05.12

褐炭から青色LED

褐炭と呼ばれる物質から青色LEDの発光材料を試作したお話です。

Blue Electroluminescent Carbon Dots Derived from Victorian Lignite

Tadahiko Hirai,* Doki Yamaguchi, Ken Inoue, Ryo Suzuki, Makoto Tanimura, Yuko Kaneda,and Masaru Tachibana

ACS Omega 2025, 10, 2012−2019

(本文)
https://pubs.acs.org/doi/epdf/10.1021/acsomega.4c07937?ref=article_openPDF&articleRef=control


まずは褐炭についてです。
(褐炭)
https://www.enecho.meti.go.jp/about/special/johoteikyo/kattansuisoproject.html


どうやら、オーストラリアのビクトリア州と呼ばれるところに褐炭があり、その有効利用が検討されているようです。
(豪州ビクトリア州においてガス化褐炭を用いたクリーン水素製造の事業化を検討します)
https://www.jpower.co.jp/news_release/2023/03/news230308.html

その褐炭が半導体産業に役立つようで、カーボンドット(CD)がキーワードのようです。
『研究者らは石炭チャーを「カーボンドット」と呼ばれる極めて小さなカーボンディスクに変換するプロセスを開発した。』
(カーボンドットを通じて石炭産業を再考する)
https://www.securities.io/ja/reimagining-the-coal-industry-through-carbon-dots/

まず、カーボンドットについて下記には『量子ドットは、サイズや形状に依存したバンドギャップを持つ半導体です。』『現在、この性質を併せ持つものに、CdSe、InP、ZnS、PbSなど多数の量子ドット蛍光体がありますが、これらの量子ドット蛍光体は、原料コストが高く、製造プロセスが煩雑なだけでなく、そのほとんどがCdやSe、Pbなどの有害元素からなることから、環境や人体への影響が懸念されています。近年、その代替え材料として、カーボン量子ドット、炭素量子ドットが得意な蛍光挙動を示すことから次世代の蛍光体として着目を集めています。』とあります。
(カーボン量子ドット、炭素量子ドット)
http://www.fuji-pigment.co.jp/carbon-quantum-dot-jp.pdf

今回の研究例の背景には下記のような過去例があったようです。
(天然物由来のカーボン量子ドットの光デバイス化に成功)
https://www.yokohama-cu.ac.jp/news/2021/202111tachibana_acp.html
https://www.ynu.ac.jp/hus/koho/27125/34_27125_1_1_211108033454.pdf

カーボンドットの作り方が図1に出ています。
また本文には、
(1)粉砕した褐炭(直径<150μm)3.0gを水平石英管(外径50mm×内径44mm×長さ600mm)の中央部に設置した石英ボートに入れる。
(2)炉を加熱する前に、高純度窒素を供給して石英管内の空気を洗い流す。
(3)2℃/minで加熱した後、窒素気流(約100mL/分)下のままで300℃あるいは400℃に3時間保持。
(4)熱分解後の褐炭の重量は40~50%減少。
(5)室温まで冷却後、炭化粉末を115mLのトルエンと混合し、20分間超音波で溶解。
(6)得られた黒色懸濁液を3000rpmで30分間遠心分離し、未溶解の粒子を除去。
(7)上清を孔径200nmのフィルターでろ過。得られたCDのトルエン溶液をその後のPL測定とLEDデバイスの作製に利用。
とあります。

デバイスの構成が図3に描かれています。
本文には作り方が書かれています。
(1)上記トルエン溶液を、溶媒を蒸発させて約100倍に濃縮。
(2)この濃縮溶液に4mg/Lのポリビニルカルバゾール(PVK)を加えてスピンコーティングするための(図3、PVK+CD(30nm)層のための)溶液を作製。
(3)パターン化されたインジウムスズ酸化物(ITO)層を備えたガラス基板をUV下で15分間処理。
(4)ポリ(3,4-エチレンジオキシチオフェン)ポリスチレンスルホン酸(PEDOT:PSS)を正孔注入層としてITOフィルム上に3000rpmで1分間スピンコーティングし、ホットプレート上で空気中200℃で10分間焼成。
(5)PVK のトルエン溶液 (4 mg/mL) を PEDOT:PSS フィルム上に 2000 rpm で 30 秒間スピンコートし、ホットプレート上で 160 ℃で 10 分間空気中で焼成して、純粋な PVK 層を作製。
(6)CD と PVK の混合層を上述のトルエン溶液(上記(2)の部分)を使用して PVK 上に 1500 rpm で 30 秒間スピンコートし、ホットプレート上で 150℃で 10 分間空気中で焼成。
(7)真空チャンバー (5 × 10−5 Pa) 内で、CD/PVK 混合フィルム上に厚さ 20 nm の 1,3,5-トリ (m-ピリジン-3-イルフェニル)ベンゼン (TmPyPB) の電子輸送層を堆積。
(8)厚さ 1 nm のフッ化リチウム (LiF) の電子注入層を、真空チャンバー (5 × 10−5 Pa) 内で TmPyPB 膜上に堆積。最後に、厚さ 100 nm のアルミニウム (Al) のカソード電極を、真空チャンバー (5 × 10−5 Pa) 内で LiF 膜上に堆積。

なお、PEDOT:PSS(Poly(3,4-ethylenedioxythiophene) polystyrenesulfonate )については、
(【素材】プラスチックの常識を変えた 導電性ポリマー「PEDOT/PSS」とは)
https://www.matsuo-sangyo.co.jp/innovation/pedot-pss/

まず、デバイス作製ようのカーボンドット(CD)のトルエン溶液をPL(フォトルミネッセンス法)で評価しています。
([PL]フォトルミネッセンス法)
https://www.mst.or.jp/method/tabid/167/Default.aspx

図4に結果が示されています。生の褐炭溶液は380nmのところにピークがあったようですが、300℃あるいは400℃で熱処理した場合は408nmにピークがあり、300℃で処理した方がピークの高さが高かったようです。

続いて生の褐炭,300 および 400℃で熱分解した褐炭から抽出したCDトルエン溶液をICP質量分析装置(ICP-MS)を用いて分析したようです。過去の研究例によると、ベンゾ[a]ピレンが図4に示したPL結果と同じ波長408 nmにピークを持つことから、抽出されたCDはベンゾ[a]ピレンまたは類似の芳香族物質が主成分である可能性が高いと推測できます。しかし、ICP-MS分析では分子種の特定はできないため、ベンゾ[a]ピレンが発光の主原料であると断定することはできないらしく、他の未同定の炭化水素不純物の可能性もあるようです。表1には生、300℃処理、400℃処理のICP-MSの結果が示されています。ベンゾ[a]ピレンは300℃処理の場合に最も高濃度に検出され,生褐炭から抽出した場合は最も低濃度だったようです。ICP-MSの結果は図4で見たPL測定と同じ傾向だったようです。

ICP質量分析装置(ICP-MS)については、
https://azscience.jp/column/category/top05-sub12/

benzo[a]pyrene(3,4-ベンゾピレン、ベンゾ[a]ピレン)については、 
https://www.tcichemicals.com/JP/ja/p/B0085


更に300℃で熱分解し場合のPLの減衰を、紫外可視吸収帯に合わせた波長380nmのps-パルス励起光で測定したようです。図5に見られるように、PL発光は約50ナノ秒で減衰したようです。式(1)に示される指数関数を用いたモデルフィッティングを行ったところ、
時定数τ1 = 1.8 ns、τ2 = 7.0 ns、係数A = 13.0、B1 = 1.5 × 1014、B2 = 1.2 × 106
とした場合に良好なフィッティングとなったようです。ここで2つの時定数が必要となり、これは少なくとも2つの発光緩和過程が存在することを意味するようです。故にベンゾ[a]ピレン以外の化学種も存在しているかもしれないようです。

そして透過型電子顕微鏡(TEM)を用いて炭素ドット(CD)のサイズを推定したようです。図6に示されるようなTEM画像からCDのサイズを測定し、その量を数えたようです。その結果、300 ℃と 400 ℃で熱分解した CD の平均直径は、それぞれ 4.0 nm(標準偏差、σ = 1.5 nm)と 7.0 nm(σ = 2.9 nm)であり、400 ℃で熱分解した CD の直径の方が大きかったようです。また、300℃と400℃で生成したCDの数は、それぞれ554と234であり、300℃で合成したCDの方が多かったようです。ちなみに生の褐炭の溶液からTEM画像を得ようと試みたようですが、ごく少数の粒子しか見えなかったようです。以上より、CDの濃度とPL発光強度との間に強い関係があるようです。そして、300℃で熱分解して得られたCDの溶液におけるPLの強度が最も強かったため、300℃熱分解品をもちいてLEDデバイスを試作することにしたようです。

図7(a)に試作したEL素子の発光スペクトルが示されています。発光ピークは波長461nm付近にあったようで、その幅は図4のPLピークよりも広かったようです。EL発光ピークの幅が広く、長波長側へシフト(レッドシフト)している原因として、CDの粒径や官能基の種類が均一でなく、不純物が残っているためと考察しています。一方、図7(b)には電圧-電流-発光(V-I-L)特性の結果が示されています。7V付近でターンオンし、12Vで100.4cd/m2の発光強度を示したようで、褐炭由来のCDを用いたEL発光は世界初らしいです。

図7(c)にはスペクトル解析から推定されたCIE1931カラープロット上の色座標(0.11, 0.31)が示されています。得られた光が青色であることがわかります。また、図 7(d)は、動作中の LED 素子の発光を上から見た写真のようです。仕事関数ギャップが1.2eVであるアノード(ITO)とカソード(LiF/Al)からキャリアがCDに注入されたようです。(図8(a))。これらのCDは、図8(b)に見られるように、紫外光(4.13eV、300nm)で励起されるPLを評価した際に観察された狭いギャップ(3.04eV、408nm)に比べて、2.69eV(461nm)という広いエネルギーギャップを示すことがわかったようです。

CIE色空間については、
(CIE色空間、CIE 1931とCIE 1976 の違いを解説)
https://www.marubun.co.jp/products/46645/

以上より、今回の研究例におけるCD-LEDのEL発光はPL発光に比べて長波長側へシフトしたのは、ベンゾ[a]ピレンとは異なる、より狭いバンドギャップを持つ物質が介在し、それによる発光であると推測されるようですが、それが何であるか?はわかっていないようです。

所感です。
褐炭から得られた物質はLEDの発光原料で、しかも青色です。
今更ではありますが、『青色LEDの存在により、利用範囲が広い白色LEDを実現できたからです。』
(青色LED(青色発光ダイオード)とは?何がすごいの?なぜノーベル賞をとれたの?)
https://gloval-stage.com/%E9%9D%92%E8%89%B2led%E9%9D%92%E8%89%B2%E7%99%BA%E5%85%89%E3%83%80%E3%82%A4%E3%82%AA%E3%83%BC%E3%83%89%E3%81%A8%E3%81%AF%EF%BC%9F%E4%BD%95%E3%81%8C%E3%81%99%E3%81%94%E3%81%84%E3%81%AE%EF%BC%9F/

有用な原料が今や過去の遺物となった?石炭化学から出てきたことは非常に興味深いところです。世の中、何がどうなるか?わかりません。

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