この『雑誌会』は、化学系の雑誌を中心に独断と偏見で研究例を選び、不定期でご紹介するコーナーです。
カーボンキセロゲルと呼ばれる物質を高速で合成しようとしたお話です。
Superfast Synthesis of Carbon Xerogels
Abdurrahman Bilican, Priyanka Sharma, Nguyen Khang Tran, Claudia Weidenthaler,
and Wolfgang Schmidt*
ACS Omega 2023, 8, 45599−45605
(本文)
https://pubs.acs.org/doi/epdf/10.1021/acsomega.3c05824
(追加情報)
https://pubs.acs.org/doi/suppl/10.1021/acsomega.3c05824/suppl_file/ao3c05824_si_001.pdf
まず、カーボンキセロゲルですが、『カーボンキセロゲルは通常、レゾルシノールとホルムアルデヒド(ゲル形成)、エージング、乾燥(大気圧で)、熱分解/炭化から従来のゾルゲルベースの方法で合成されます。これは、エアロゲルとキセロゲルの製造の主な違いです。』とあります。
https://academic-accelerator.com/Manuscript-Generator/jp/Carbon-Xerogels
まず、レゾルシノールについては、
https://labchem-wako.fujifilm.com/jp/product/detail/W01W0118-0007.html
ホルムアルデヒドについては、
https://www.env.go.jp/chemi/report/h14-05/chap01/03/37.pdf
キセロゲルとエアロゲルについては、
『キセロゲルゲルは立体的な網目構造の中に、水などの溶媒を含んだものですが、溶媒を失って網目だけになったものをキセロゲルといいます。
キセロゲルで代表的なものがシリカゲルです。湿気取りやお菓子の袋などに入っているので、名前を目にする機会は多いのではないでしょうか。ただ、中身の見えない袋に入っていることが多いため、直接見る機会は少ないかもしれません。シリカゲルはケイ酸ゲルを乾燥させたもので、多数の微細な穴を持っています。物質吸着能力に優れており、乾燥剤以外にもベンゼンなどの揮発性有機化合物(VOC)の吸着材、物質の分離・精製、化学反応(触媒担体)などに使われています。』
『エアロゲルは体積の99%以上が空隙のため、とても軽いのが特徴です。
キセロゲルとの違いは
1.とても小さな粒子が集まって出来ている(微小粒子の集合体、粒子の中は空洞)
2.密度が小さく、とても軽い
3.曲げに弱く、脆い
こんな特徴を持っています。
また、キセロゲルと同様にシリカやゼラチン、寒天など材料は様々です。』
https://note.com/geltech/n/n7967922134c9
さて、今回の研究例である、カーボンキセロゲルですが、同じレゾルシノールとホルムアルデヒドでゲルを形成させた研究例として、下記があります。
レゾルシノール-ホルムアルデヒドクライオゲルの細孔径への塩基触媒の影響
『有機多孔質材料の作製方法として,レゾルシノール(R)とホルムアルデヒド(F)を重縮合させたRF ゲルを用いる方法がある。RF ゲルは乾燥させることで有機多孔質材料となり,さらに炭化させることで多孔質炭素材料となる。RF ゲルからなる多孔質材料は,設計可能な細孔径の幅が広く,用途に合わせた比表面積及び細孔率を選択できることが利点である。RF ゲルは,原材料の配合比や触媒の種類,加温方法,乾燥方法などによって,得られる細孔構造が異なる。有機多孔質材料の通称は乾燥方法により異なり,超臨界乾燥法の場合はエアロゲル,凍結乾燥法の場合はクライオゲル,常圧乾燥の場合はキセロゲルとそれぞれ呼称される』とあります。
https://www.jstage.jst.go.jp/article/networkedpolymer/41/4/41_157/_pdf/-char/ja
なお、反応式は上記資料中、図1に示されている通りです。
また、上記資料でのRFゲル作製方法は以下になります。
『塩基触媒として水酸化ナトリウムを使用し,レゾルシノール(R),ホルムアルデヒド(F),塩基触媒(C)のそれぞれのモル比をR/F=0.5,R/C=100 としたときの作製手順を以下の1-8 に示す。
1.レゾルシノール4.80 g に超純水13.76 g を加え室温で5 分間,500 rpm でかくはんし,溶解させた。
2.ホルムアルデヒド水溶液7.18 g を加え,室温で5 分間,500 rpm でかくはんした。
3.5%水酸化ナトリウム水溶液0.35 g を添加し,室温で15 分間,500 rpm でかくはんした。
4.60 ℃のオーブンに3 日間静置しゲル化させた。
5.ゲル化したサンプルを取り出し,tert-ブチルアルコールに浸漬させ,室温で1日静置し溶媒を置換した。
6.tert-ブチルアルコールを交換し手順5を再度実施する作業を,さらに2回繰り返した。
7.得られたサンプルを-20 ℃の冷凍庫に1 時間静置し溶媒を凍結させた。
8.取り出したサンプルをデシケータに移し,室温で24 時間真空乾燥しRFCG を得た。
ざっとみただけでも、工程は1週間以上かかったようです。
今回の研究例は工程の短縮化を検討したようです。
工程として、(1)高速法(得られたカーボンキセロゲルをCX RC SFと呼ぶ)、(2)水熱法(得られたカーボンキセロゲルをCX RC HTと呼ぶ)、(2)従来法(得られたカーボンキセロゲルをCX RC Convと呼ぶ)の三種類で比較したようです。
(1)高速法
1. レゾルシノールを37wt%ホルムアルデヒド水溶液(36.5~38.0%、10~15%メタノールで静置)に、レゾルシノール/ホルムアルデヒドのモル比(R/F)が1:2になるように溶解。
2. その後、M%(反応溶液全体の質量に対するレゾルシノールとホルムアルデヒドの質量の質量分率、追加情報の式S2)が30%になるように適量の水を加えた。
3. 異なる多孔質特性を持つCXを合成するために、0.05MのNa2CO3水溶液の量を変えて、必要なRC(レゾルシノールとホルムアルデヒドのモル比、追加情報の式S1)値を得た。
4. RC値は500、750、1000で変化させた。
5. 溶液を短時間撹拌した後、テフロンライナーに注ぎ、スチール製オートクレーブに挿入した。
6. オートクレーブを120℃の加熱ブロックに60分間入れた。
7. 固化したRFゲルをブレードグラインダーで粉砕し、ミリメートル単位の粒子径の粉末にした。
8. このRFゲル顆粒を石英ガラス管に入れ、HST分割管炉(
https://ogawaseiki.info/wp-content/uploads/Unorganized/OSK55DB136.pdf )で1000 °Cで2時間加熱して炭化させた(加熱速度10 °C.min-1)。
9. 石英ガラス管は窒素で連続的に洗浄した。
10. 工程所要時間=5時間以内。
(2)水熱法
1. RFゲルは、RCを500、750、1000と変化させながら、超高速合成の場合と同様に調製した。
2. 得られたゲルを粉砕し、80℃で24時間乾燥。
3. 乾燥物を石英管に入れ、HST分割管炉で1000℃、窒素気流下(昇温速度10℃.min-1)で2時間加熱して炭化させた(加熱速度10 °C.min-1)。
4. 工程所要時間=29時間。
得られたゲル(固形分)を粉砕した後、そのままHST分割管炉にて1000℃で炭化させたのが高速法、80℃で24時間乾燥してからHST分割管炉にて1000℃で炭化させたのが水熱法のようです。
(3)従来法
1. 高速法、水熱法と同様に液を調製。
2. RC値は500、750、1000で変化させた。
3. 10分間攪拌した後、溶液をガラスバイアルに注ぎ、密閉し、80℃のオーブンで24時間ゲル化させた。
4. (おそらく)固化したRFゲルをブレードグラインダーで粉砕し、ミリメートル単位の粒子径の粉末にした。
5. 固体のRFゲルを80℃で24時間乾燥。
6. 乾燥物を石英管に入れ、HST分割管炉で1000℃、窒素気流下(昇温速度10℃.min-1)で2時間加熱して炭化させた(加熱速度10 °C.min-1)。
7. 工程所要時間=53時間。
結果です。
窒素収着等温線(図1)は、本研究で合成された全てのカーボンキセルゲル(CX)がマイクロポーラスおよびメソポーラスであることを示したようです。HT条件下での急速な重縮合も、RFゲルの長時間乾燥の省略も、得られたCXの全細孔容積の著しい減少を引き起こさないようでした。なお、湿潤RFゲルの初期熱分解中、主要な水分は約120℃の温度までに急速に蒸発するようです。(追加情報の図S1)。
表1のデータから、すべての見かけ比表面積SBETは、平均値695 m2 g-1 ± 2.7%前後で変動していることがわかったようです。この標準偏差は十分小さく、見かけの比表面積がかなり似ているようです。微細孔容積Vmicも同様で、平均値0.183 cm3 g-1 ± 6.0%前後で変動していたようです。RC値が一定の場合、3つの経路で得られたCXでは、外部表面積Sextの偏差はほとんど観察されなかったようです。RC値が大きくなるにつれて、外部表面積Sextはすべての経路で減少し、これは一次炭素粒子径が大きくなることを示しているようです。それぞれのRC反応混合物中の塩基触媒の量が減少するにつれて、粒子の核生成も減少し、RF粒子が大きくなるようです。
同じRC値で合成されたCXのSAXS(X線小角散乱法、
https://www.mst.or.jp/method/tabid/154/Default.aspx )曲線は同じ傾きを示し、構造(テクスチャー)の類似性を示しているようです。(図2左) すべてのCXに微細孔が存在するため、qが2~7 nm-1の範囲にショルダーが生じたようです。
『q』 については、『小角X線散乱のプロファイルでは散乱角θの代わりに一般に散乱ベクトルqが用いられます。
q=(4π/λ)sinθ・・・・・(1)』とあります。
https://www.aichi-inst.jp/other/up_docs/no67_05.pdf
この図2における、0.4~1nm-1のq領域における散乱強度は、RC値が高いCXほど大きく減少したようです。(ただ、その差はさほど大きいようにも見えませんが…)この領域の散乱強度は一次炭素粒子の外部表面積に依存するため、窒素収着データとよく一致するようです。qが0.135~0.2nm-1の範囲ではGuinier近似(追加情報の式S3)を用いて一次粒子径を計算した結果、表2に示すように、異なるCXの回転半径RGが得られたようです。
ここでGuinier近似については、『散乱体の大まかなサイズについて知りたいときには、Guinier近似がよく使われます。』とあります。
https://www.spsj.or.jp/equipment/news/news_detail_26.html
回転半径RGから一次炭素粒子径dpartを計算しています。(追加情報の式S4)同じRC値で合成されたCXの一次粒子径は、合成ルートにかかわらず、すべて同じで差は誤差範囲内であったようです。RC値が大きくなるにつれて一次粒子径は大きくなり、これはすべての合成ルートで同じだったようです。特にRC 750と1000シリーズでは、粒子径がわずかに高く見積もり過ぎた可能性ありのようです。しかし、TEM像を見ると、RCが大きくなれば、粒径も大きくなる傾向にあったようです。(追加情報の図S3)
続いて、異なる合成経路で合成されたCXの分子レベルでの構造的特徴を、X線回折(XRD)、ラマンおよびX線光電子分光(XPS)によって調べたようです。
なお、XRDは『結晶構造を、X線で量る』、XPSは『試料極表面の化学状態を、X線で量る』になります。
https://www.jfe-tec.co.jp/jfetec-news/04/3p.html
まず、XRDについて、強くブロード化したブラッグ反射は、高度に無秩序なグラファイト状炭素材料を示しているようです。(図3およびS4) 回折パターンから、CXがたとい異なる合成経路で得られたとしても、同じ構造的特徴であるようです。X線全散乱測定とそれに続くペア分布関数(PDF)解析が行われ、計算されたPDFが図3と追加情報のS5に示されています。この関数は、ある距離を持つ原子対が見つかる確率を示しています。CXの実験的PDFにおける最初の3つのピーク(約1.41Å、2.42Å、2.84Å)は、グラフェン層内の炭素環における炭素-炭素距離に対応しているようです。(図3右中、右上の構造図)これらのキセロゲル材料は非常に無秩序で、PDFにおいても、たとい合成ルートは異なっていても、結果は非常に類似しており、構造がほぼ同一であったようです。10Å以上の原子間距離は見られないことから、グラフェン層内には短距離的な秩序のみが存在していたようです。
短距離秩序については、『原子が持つ磁気モーメント(スピン)の方向が磁性体全体でそろった状態を長距離秩序と呼ぶのに対し、局所的な小領域内で磁気モーメントの方向がそろい始める状態を短距離秩序といいます。ここでは金属中の伝導電子の一部が磁気モーメントをもって小さくクラスター化した部分と金属的で常磁性状態のまま結晶中を動き回る遍歴的な部分とに分離し全体として不均一になっている状態を指します。この不均一状態は理論的に議論されているもののまだよく理解されていません。』とありますが、要は不完全で不均一状態ということでしょうか?
https://www.jaea.go.jp/02/press2020/p20072101/
図4は、各種CXとグラファイト標準サンプルのラマンスペクトルになります。CXは、1350cm-1(D1)と1580cm-1(G)にバンドを示しました。これらのバンドが非常にブロードであることから、CX試料が非常に多くの欠損を抱えていたようで、XRDとPDFの結果とも一致します。AD1/AG比は、D1バンドとGバンドの積分強度比であり、sp2炭素の無秩序の程度を定量化するために広く用いられています。表3より、すべての試料はグラファイトよりもかなり高い無秩序度を有しており、これはやはり組織化度の低い炭素となります。3つの経路で得られたCXのスペクトルはほとんど識別できず、ここでも材料の構造の同一性が高いことがわかります。
最後に、CXの表面組成をXPSで測定したようです。表4に示されているように、高速法、水熱法、従来法、いずれも大差はなかったようです。 従来法、CX 750 中のNaの存在は、合成時に触媒として使用されたNa2CO3に起因するようです。表面炭素種の性質を理解するには、Dパラメータを計算すればよいようです。分析したCXのDパラメータはすべて同じであり、参考用のグラファイトのDパラメータよりわずかに低いだけであることから、炭化後のsp2炭素が豊富な表面は似ていることが示唆されるようです(追加情報の図S8)。
なお、Dパラメータとは、追加情報の図S8にありますように、『最大値と最小値の結合エネルギーの差はDパラメータと呼ばれ、炭素種のsp2混成とsp3混成の比率を示す。』らしいです。
なお、下記資料16ページに、グラファイトは全て『全てsp2混成軌道』とあります。
https://www.molecularscience.jp/lecture/Inorg2_09.pdf
ただ、炭素C 1s領域の高分解能XPSスペクトル(図5)を取ると、3つのルートから得られたCXは同じ構造であるため、スペクトルは重複しており、区別することはほぼできなかったようです。しかし、グラファイトとCXとの間には、C 1sスペクトルには図5の矢印の箇所に見られるような明確な違いが見られたようです。全散乱データから、CXのグラフェンシート内には短距離秩序があることが示唆されています。上記のように、不完全で不均一な状態とみられ、このような格子の乱れは、図 5 の矢印 1 と 2 で示される π-π* シェイクアップの特徴の変化につながるようです。
ここでπ-π* シェイクアップですが、下記には『π電子の存在を示すShake-upピーク』とありますので、『π電子の存在を示す特徴の変化』ということなのでしょう。
https://www.jeol.co.jp/applications/pdf/esca/esca06_3.pdf
過去の研究例から、メインのsp2シグナルの広がりとその左肩(図5矢印3および4)は、無秩序炭素に起因すると報告されているようですが、右肩(図5矢印5)の存在は点欠陥に起因する可能性があるようです。
以上より、今回研究した炭素キセロゲルの多孔質特性は、主にRFゲルのゲル化時に適用したRC値に影響されるようですが、合成経路には影響されないみたいです。どの合成経路でも、細孔容積が0.9~1.5 cm3 g-1、比表面積が600~700 m2 g-1のCXを合成できたようです。
所感です。
今回、カーボンキセロゲルなるものはある、ということを初めて知りました。
改めて検索してもあまり出てこないので、これからの材料なのだろうと思います。
上記、『レゾルシノール-ホルムアルデヒドクライオゲルの細孔径への塩基触媒の影響
』には、『有機多孔質材料の作製方法として,レゾルシノール(R)とホルムアルデヒド(F)を重縮合させたRF ゲルを用いる方法がある。』とあるので、有機多孔質材料としての応用が最有力なのだろうと思います。
しからば、有機多孔質材料とは?下記が近いのではないか?と思います。
多孔質炭素 クノーベル
https://www.toyotanso.co.jp/Products/cnovel/
今回の研究例では、工程所要時間が従来法=53時間、水熱法=29時間、高速法=5時間以内、と工程時間が短縮されました。また、生成物も工程時間の短縮化の影響を受けなかったようです。しかしながら、高速法にはオートクレーブを使わねばならず、これがネックとなる可能性があると思います。酒造のようのゆっくり熟成させても良いような気もしますが、CO2の排出量を踏まえると、やはり工程時間は短い方が良いのでしょうか?
そして、今回の研究例の序論には、加熱に(オートクレーブではなく)マイクロウェーブを使うことが記されていました。このマイクロウェーブによる反応時間の短縮化は広く知られているところで、この方法の方が有効かもしれず、気になるところです。