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雑誌会

2024.07.31

電気二重層を音で聞く

この『雑誌会の部屋』は、化学系の雑誌を中心に独断と偏見で研究例を選び、不定期でご紹介するコーナーです。

Electrochemical Synthesis of Sound: Hearing the ElectrochemicalDouble Layer
Megan Kelly, Bill Yan, Christine Lucky, and Marcel Schreier
ACS Cent. Sci. 2024, 10, 595−602

電気化学二重層を音で聞こうという、アートと科学の融合のようなお話です。

(本文)
https://pubs.acs.org/doi/epdf/10.1021/acscentsci.3c01253

(追加情報その1)
https://pubs.acs.org/doi/suppl/10.1021/acscentsci.3c01253/suppl_file/oc3c01253_si_001.pdf

まずelectrochemical double layer(EDL、電気化学二重層)についてです。
電気化学二重層と呼ぶべきなのかもしれませんが、単に電気二重層と呼んでいるよう
です。
電気二重層とは『電気二重層は,2つの異なる相(例えば固体電極と電解液)が接触
する界面近傍において,正もしくは負の電荷や電解質イオンが薄い層として並ぶ現象
を指す。』とあります。
(電気学会、用語解説)
https://www.iee.jp/pes/termb_015/

更には『電解質溶液中で固体表面が帯電すると,その電荷を打ち消すように正味の反
対電荷が表面近傍の溶液中に分布する。これを電気二重層と呼び,一般論としては図
に示す三つのモデルが代表的である。』
(粉体工学用語辞典)
https://www.sptj.jp/powderpedia/words/11519/

オペアンプについて
『オペアンプ(=Operational Amplifier、演算増幅器)とは、微弱な電気信号を増幅す
ることができる集積回路(=IC)です。オペアンプには2本の入力端子と1本の出力端子
があり、入力端子間の電圧の差を増幅し出力するのがオペアンプの基本的な性質とい
えます。』
https://www.ablic.com/jp/semicon/products/analog/opamp/intro/

実際には追加情報の図S1に示されている通りで、
R1: 33 kΩ 抵抗 (液が低濃度), 100k 抵抗 (1 M の場合)
R2: 33 kΩ 抵抗
R3: 10 kΩ 抵抗
R4:, 23 Ω 抵抗
オペアンプ: OPA551PA (Texas Instruments、
https://www.ti.com/product/ja-jp/OPA551/part-details/OPA551PA)
で構成されているようです。

電気容量と周波数は追加情報の式S1とS2で表され、お互い反比例の関係にあるようで
す。(追加情報の図S2)

容量の周波数特性については、『周波数が高くなるとコンデンサの容量は小さくなり
ます。これは周波数が高くなると誘電体の誘電率が小さくなるためです。』とありま
す。
https://www.aictech-inc.com/information/capacitor_foundation03.html

今回の研究例では、作用電極(working electrode、WE)と参照電極(Ag/AgCl、
3M-KCl)をコンデンサーに見立てることにしたようです。(追加情報の図S3)
電気二重層はWEの近傍に発生するようです。

結果として発生する振動周波数は、イオンと溶媒分子の動的再配列により作用電極近
傍を充電および放電するのにかかる時間の関数となるようです。また、(作用電極と
水の?)界面容量に関係するこの時間は、電極、電解質、印加電圧に依存するようで
す。しかも発生する発振周波数は可聴領域にあるため、準備した装置構成(追加情報
の図S10)で電解質成分の再配列を直感的に聞くことができたようです。このように
電解質成分の再配列を音で聞くことができ、界面成分の変化の影響を調べながら、電
気二重層の挙動を直感的にモニターすることができたようです。(図1)
特にここでは、電気化学インピーダンス分光法(electrochemical impedance
spectroscopy, EIS)の手法を用いたようです。
電気化学インピーダンス分光法(EIS)については、
https://www.bas.co.jp/2517.html

図2は7mM、35mM、50mMのKClO4溶液を図1あるいは追加情報の図S10に基づいて、電位
(ポテンシャル)を-0.1Vから1.1Vまで変えた時に出て来る周波数を示した図になり
ます。
下記動画1にアクセスすると、7mMと50mMのKClO4溶液の場合の音を動画で聞くことが
できます。
(動画その1)
https://pubs.acs.org/doi/suppl/10.1021/acscentsci.3c01253/suppl_file/oc3c01253_si_002.mp4

電位を-0.4Vから-0.1Vの間は急激な周波数の下降が見られ、その後-0.1Vから0.4Vの
間は反対に急激な周波数の上昇、0.4から0.9Vは比較的動きは少なく、1.0Vより高く
なると急激に周波数は下がったようです。

図3は電解質の濃度と時間と電圧の関係を表したものになります。
まず、図2より、電解質の濃度が高い方が周波数は低い=低音、逆に濃度が低い場合
は周波数が高い=高音ということがわかっています。
電解質濃度が高くなると、一定の電位降下の状態で界面により多くのイオンが必要と
なるため、界面が再配列するまでの時間が長くなるようです。そのため、周期が長く
なり、周波数が低くなり、濃度が高い時は低音になるということです。

続いて、アルキル基が異なる三種のアンモニウム塩を電解質として検討したようで
す。使用した塩は、
テトラエチルアンモニウムクロリド(ET4NCl、
https://www.tcichemicals.com/JP/ja/p/T0095)
テトラプロピルアンモニウムクロリド(Pr4NCl、
https://www.tcichemicals.com/JP/ja/p/T2106)
テトラブチルアンモニウムクロリド(Bu4NCl、
https://www.tcichemicals.com/JP/ja/p/T0055)
だったようです。

図4に見られますように、-0.1 V以上の電位では、Pr4NClはEt4NClよりも高い周波数
となり、電位が上がる(酸化側に行く)と周波数の変化は小さくなり、Pr4NClと
Et4NClは似た領域に収まったようです。なお、-0.1 Vよりも低い電位では、Et4NClは
Pr4NClよりも高い周波数であったようです。を生成するように変化したようです。
一方、Bu4NClは、Et4NClやPr4NClで観測された周波数の少なくとも2倍の周波数を示
したようです。しかし、Et4N+からPr4N+への溶媒和半径の増加は、Pr4N+からBu4N+の
それよりも大きく、別の効果が周波数の変化に影響しているようです。

(動画その2)
https://pubs.acs.org/doi/suppl/10.1021/acscentsci.3c01253/suppl_file/oc3c01253_si_003.mp4

そこで、著者らは『Bu4N+はEt4N+ よりも電極界面にある水を破壊し、静電容量が減
少、その結果、周波数が大きく増加したのではないか?』と考察しています。
これについて、Bu4N+の疎水性であり、その影響で電極表面から水を追い出すので
は?との仮説を立てたようです。(図5)。Bu4N+は電極表面に膜を形成することも推
測されるようです。なお、H2Oに比べてBu4N+の誘電率が大幅に低いため、形成された
膜は誘電率が低く、静電容量は大幅に減少することになります。故に、0から0.6 Vの
間の周波数の急激な上昇の背景には、表面水が追い出され、Bu4N+膜が形成されたこ
とによるものと考えたようです。ところが、電位が0.6Vを越えると、今度はカチオン
がCl-とH2Oによって置換され、周波数が急激に減少したようです。

これについて、上述のBu4N+のような疎水性修飾剤を電解液に導入すれば、水が電極
表面から離脱する際の界面変化をリアルタイムで聞くことができると考えたようで
す。そこで、白金電極を0 V対Ag/AgClに電圧をかけた状態で、10 mLの1 M NaCl電解
液に2 mLの1 M Bu4NClを加えたときに発生する音を記録したようです。ところが、動
画3に示すように、音に意味のある変化は聞かれず、Bu4N+を導入しても界面特性はほ
とんど変化しないことがわかったようです。

(動画その3)
https://pubs.acs.org/doi/suppl/10.1021/acscentsci.3c01253/suppl_file/oc3c01253_si_004.mp4

しかし、10 mLの1 M Bu4NCl電解液に2 mLの1 M NaClを注ぐと、動画4で確認できるよ
うに、瞬時に強い周波数の減少が聞けたようです。これは、Na+イオンが添加される
とNa+が界面を支配し始め、Bu4N+を置換し、界面がNa+ベースの電解液のみの存在と
なったことによるものと見られます。このように電気二重層の変化をリアルタイムで
音として聞くことができるため、混合電解質系を直感的に理解するための迅速なスク
リーニング方法として利用できそうなようです。このように、電解質の特性を変化さ
せる過程で発生する音を聞くことで、電解質イオンが界面でどのように競合している
かを直接かつ直感的に理解することができ、白金電極における親水性イオンと疎水性
イオンの重要な相互作用に光を当てることができたようです。

(動画その4)
https://pubs.acs.org/doi/suppl/10.1021/acscentsci.3c01253/suppl_file/oc3c01253_si_005.mp4

また、塩化物イオンを導入すると、電極表面に吸着しないClO4-アニオンと比較して
表面の酸化物形成が抑制されるため、可聴周波数が低下するのでは?と考えたようで
す。そこで、実施したところ、0.6 V vs Ag/AgClで10 mLの1 M NaClO4に2 mLの1 M
NaClを加えると、周波数が瞬時に低下したようです。

(動画その5)
https://pubs.acs.org/doi/suppl/10.1021/acscentsci.3c01253/suppl_file/oc3c01253_si_006.mp4

また、図6に示されるように、ClO4-と比較して、Cl-イオンは電位が高い領域では周
波数を減少させたようです。

そして、次に電解質溶液は同じで、電極材料を変えることで、電気二重層に与える影
響を調べるため、80mM KClO4電解液中でCu、Ti、Pt電極で検討したようです。
まず、銅における最も高い周波数は-0.2 Vと-0.5 Vでだったようです。(図7)、こ
れは過去の研究例において、0.2 M NaClO4電解液中におけるCuで見られた局所的な
キャパシタンスの極小値にほぼ一致するようです。(参考文献43)これらのキャパシ
タンスの極小値は、水素発生に先立つCu-H化合物の形成に関係しているという仮説を
立てることだできるようです。一方、チタンは0から1.2 Vまで連続的に周波数が上昇
したようです。これは電極表面にTiO2が形成されるためにキャパシタンスが連続的に
減少するという、参考文献44の結果と一致したようです。

このように、Tiの場合、印加電圧に対して最も直線的な周波数応答を示すことがわか
りました。これは、印加電圧を変化させて、押されたキーから発生するピッチを制御
する「電気化学キーボード」の設計に適した電極材料であると言えます。
そこで、電気化学セルを可変素子として使用するキーボード制御を設計することで実
証実験を行ったようです。電子音楽では、キーボードの制御電圧出力は、1ボルトの
電位差でピッチが1オクターブ、つまり周波数が2倍に変わるように定義されているよ
うです。このことは、チタン-電解質界面の周波数特性をほぼ反映しており、従来の
キーボードのように演奏できる楽器「電気化学シンセサイザー」を設計することがで
きたようです。(追加情報の図S14、動画その6)

(動画その6)
https://pubs.acs.org/doi/suppl/10.1021/acscentsci.3c01253/suppl_file/oc3c01253_si_007.mp4

所感です。
これまで、色、温度、粒系、電導度など様々な物性が評価対象となって来ました。そ
の中で磁力は捉えどころが難しいので、取り残された物性と言われて来ましたが、最
近では磁力を扱う研究例も増えて来ました。そんな中で、今度は『音』と来ました。
音は今回の研究例でも見られましたように、周波数で表すことができるので、図示す
ることも可能です。しかしながら、実際に音を聞いてみないと、実感が湧きません。
それを可能としたのが、電子ファイル化して、インターネット経由で配布できるよう
にしたことです。
研究例をインターネットを通じて読むようになって久しくなりましたが、音を伝える
ために動画を使う例は見たことがなく、斬新に感じました。
また、最後に実際にキーボードで音を出す実証実験では、音楽好きの私にとっては非
常に興味深いものとなりました。

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