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雑誌会

2024.12.30

書道の墨がヒント!

この『雑誌会』は、化学系の雑誌を中心に独断と偏見で研究例を選び、不定期でご紹介するコーナーです。

書道で使う墨をヒントに、いくつかのカーボン系素材を膠(ニカワ)で固めて評価したお話です。

Xerogel synthesis from carbon materials and glue inspired by Japanese-solid-calligraphy ink

Sakurako Kubota, Fuwa Yoshioka, Masato Takada, Rui Itoh, Airi Uzawa, Arisa Ugawa, Kotone Masuda, Wakana Emizu, Junpei Hayakawa*

Chemistry Letters, Volume 53, Issue 10, October 2024, upae183

(本文)
https://academic.oup.com/chemlett/article/53/10/upae183/7815455
 

(追加情報)
https://oup.silverchair-cdn.com/oup/backfile/Content_public/Journal/chemlett/53/10/10.1093_chemle_upae183/7/upae183_supplementary_data.zip?Expires=1734473911&Signature=EQAH19q4CX-27InF0ZEH4xDNVdE39v74~lhN4rc44S70WuuU8uGhqwwRHoMdStkIRTJsuG02Ds8sO0w3wxlmhtQ-QAYx-8ny6IveJ8qxiAgXdmhb~-5xaRr8gLrETtdzc39jyKn13~mVGHEMYhbtKjoIznLu2sadusFS0rBzcPFEln6T4crvVe5vrm37bjFyg0GMrd5IxBOUjhYMs~5~izGj8mTvJIJvKQK7uCVv0PA~xvINzuqvprTwF74m~5JPNBndddPRiUsID~5tiW6aMqCD4lkm4hQdm4Vj3hUFeDM9gskNfczEjfxnoaJ5aCVTLT0fVxoAw2bIakJ2z9~zfQ__&Key-Pair-Id=APKAIE5G5CRDK6RD3PGA

書道で墨を使います。

ごく簡単に墨の歴史について、
『墨の起源は古代中国の甲骨文にその痕跡が残されており、紀元前1500年頃の殷の時代に甲骨文字とともに発展したと考えられています。

日本では、三重県松阪市の貝蔵遺跡(2世紀末)で出土した土器に記された「田」というに墨書が残されていますが、 「日本書紀」には推古18年(610年)に高句麗の高僧・曇徴(どんちょう)によって、その製法がもたらされたとあることから、本格的な日本の墨造りは7世紀ごろから始まったと思われます。 墨の主な原料は、煤、膠、香料からなり、原料によって墨の特徴が生まれます。』

https://www.sankichi.com/SHOP/337916/337938/list.html

あるいは、下記にもあります。

https://zokeifile.musabi.ac.jp/%e5%a2%a8/

墨の作りかたについては、

(墨ができるまで)
http://www.sumi-nara.or.jp/sumi_make.html

国内での墨の生産は奈良県内が95%を占めるようです。

今回の研究例は墨=煤を膠で固めたことをヒントにしたものです。煤をC60やカーボンナノチューブに置き換え、導電性を評価しています。

まず膠についてです。
『原料は動物の骨、皮、腸、腱であり、それらを煮出し、コラーゲンという繊維質の高タンパク排出液を濃縮し、固め、乾燥させて造られます。現在は主に牛を原料とする牛膠がほとんどですが、日本ではかつて鹿の膠が多く使用されていたため、鹿膠という名称のみが残っています。その他、魚膠(にべにかわ)兎膠(主にテンペラに使用)等があり、世界各地の民族は各々に入手しやすい動物を原料として利用し製造をしていたといえます。』とあります。

https://zokeifile.musabi.ac.jp/%E8%86%A0/

今回の研究例では、膠として追加情報に『ウサギ皮膚由来、Asuka-Gazai Co., Ltd.』 とありました。あすか画材株式会社という会社が奈良県内にあるようですが、良くわかりませんでした。

また、ウサギ膠の偽物があるようです。

(文化財の接着剤で原料「偽装」、「ウサギ膠」なのにウシやブタ検出…業者「信じがたい」)
https://www.yomiuri.co.jp/culture/dentou/20230611-OYT1T50100/

それはそうと、一方のカーボン系原料については下記を使ったようです。

・フラーレンC60 (SES Research製、 #600-9950、
https://www.sesres.com/product/carbon-60-99-5-reagent-25-g/?srsltid=AfmBOopqOA6kTk-pOaU0dmGWx1dc-N89QaKm6d3g4zfFxElo-6xvTjdp)

・単層カーボンナノチューブ(SWCNTs)(ZEON、ZEONANO、SG101、
https://www.zeon.co.jp/business/enterprise/nanotube/carbonnanotube/ )

・多層カーボンナノチューブ
(多層カーボンナノチューブ:特性と応用)
https://www.sigmaaldrich.com/JP/ja/technical-documents/technical-article/materials-science-and-engineering/microelectronics-and-nanoelectronics/multi-walled-carbon-nanotubes?srsltid=AfmBOoqNpcV1DCpATwJDI-vTl8EkGHa1ajCN2njJ-mU47ARnsc4nSXp_

(Signa-Aldrich、#791431、
https://www.sigmaaldrich.com/JP/ja/product/aldrich/791431 )

 ・グラフェン, ナノプレートレット(Signa-Aldrich、# 806668、
https://www.sigmaaldrich.com/JP/ja/product/aldrich/806668 )

・ナノダイヤモンド(ND)、(東京化成、N0962、
https://www.tcichemicals.com/JP/ja/p/N0962 )

・カーボンナノホーン
https://www.sigmaaldrich.com/JP/ja/technical-documents/technical-article/materials-science-and-engineering/electron-microscopy/single-walled-carbon-nanohorns

追加情報に詳細は書かれていませんでしたが、下記のようなものではないか?と推測しております。

(Sigma-Aldrich、804118、
https://www.sigmaaldrich.com/JP/ja/product/aldrich/804118 )

・グラファイト
こちらも正体不明でしたが、下記のようなものでしょうか?

(グラファイト, 粉末、
https://labchem-wako.fujifilm.com/jp/product/detail/W01W0107-0384.html )

本文にサンプルの作り方が載っていますが、追加情報の方が詳しく書かれています。多層カーボンナノチューブの場合が例の挙げられています。

(1)多層カーボンナノチューブを502.2mg準備。

(2)乳鉢に入れる。(図1a)

(3)乳鉢で5分間すりつぶす。(図1b)

(4)302.7mgの膠を1mLの水を試験管に入れ、バーナーで加熱し、膠を完全に溶かす。

(5)上記水溶液の温度が室温まで下がったら、乳鉢の中に入れる。

(6)練るようなやりかたで、5分間混ぜる。(図1c)(本文には10分間と書いてあるが…)

(7)出来上がったケーキ状の個体を取り出し、木槌でたたいて平べったくする。約一週間乾燥すれば多層カーボンナノチューブを含んだキセロゲルが出来上がる。(図1d、384.1mg)

 

ということのようです。

フラーレンなど他の炭素系材料を使った作り方については、追加情報に出ています。

 

ここでキセロゲルが出てきました。

キセロゲルとは、『ゲルは立体的な網目構造の中に、水などの溶媒を含んだものですが、溶媒を失って網目だけになったものをキセロゲルといいます。』とあります。

(中身は空気? キセロゲルとエアロゲル)
https://note.com/geltech/n/n7967922134c9
 

結局、今回の研究例は何をやったのか?ですが、『これまでに、ゼラチン及びカラギーナンをゲル化剤としてCNTsに組み合わせ、続くフリーズドライでCNTsが分散したフィルムを作成した例(7)はあるものの、伝統的な手法を活用し、膠のみで作られた炭素材料のキセロゲルは我々の知る限りでは作成されておらず、その物性に強い興味がもたれる。そこで、墨作りの老舗である墨運堂の指導のもと、固形墨作りを指導して頂き、煤を原料とする乳鉢を活用する固形墨作りの方法を確立した。さらに、その方法を精査し、検討を重ねることで、フラーレンC60と多層カーボンナノチューブ(MWCNTs)を炭素材料とするキセロゲル作成に成功した』とありますので、『膠のみで作られた炭素材料が分散したキセロゲルの試作』となります。

(世界で一番高価な固形墨作り、―伝統的な手法を活用した炭素材料が分散したキセロゲルの作成― )
https://www.e-net.nara.jp/hs/nara/index.cfm/1,2349,c,html/2349/20221025-135032.pdf

なお、『墨運堂』については、
https://boku-undo.co.jp/

また、炭素材料を2種類組み合わせてサンプルも試作したようで、図3に出ています。

この中で、多層カーボンナノチューブとフラーレンの組み合わせについては、表面導電率の評価を行っています。(後述)

炭素材料の原料とキセロゲルに分散させた場合での比較を電子顕微鏡観察によって行ったようです。結果が図4に出ています。

多層カーボンナノチューブの原料(図4a)は繭状であったのに対して、キセロゲル中分散の場合は(図4b)ブロッコリー状になったようです。

単層カーボンナノチューブ(原料=図4c、キセロゲル中分散=図4d)の場合はカーボンナノチューブの方向性が変わったようです。

そして、フラーレンの場合は原料(図4e)の場合は棒状固まっていたのですが、キセロゲル中分散(図4f)では、フラーレンはバラバラになったようです。

キセロゲル中に分散した場合、各サンプルの密度は1.0~1.3g/cm3の範囲に収まったようです。(表1)

硬度計を使って、押し込み硬さを測定したようです。値はかなり上下し、いろいろバリエーションができたようです。

使った硬度計は下記みたいです。

ミツトヨ、HH-332
(スポンジ、ゴム、プラスチック用硬度計 HARDMATIC HH-300シリーズ)
https://www.mitutoyo.co.jp/products/measuring-machines/hardness-testing-machines/portable/main/811-332-10/

続いて、導電性(表面電気抵抗)を測定したようです。結果が表1に出ています。
煤(Entry1)、フラーレン(Entry2)、ナノダイヤモンド(Entry3)、グラファイト(Entry4)では、煤とグラファイトの表面電気抵抗がやや低かったものの、いずれも高い値を示し、絶縁体領域であったようです。

一方、グラフェン(Entry5)、単層カーボンナノチューブ(Entry6)、多層カーボンナノチューブ(Entry7)、カーボンナノホーン(Entry8)は上記4つに比べて大幅に表面電気抵抗が低く、半導体領域だったようです。以上より、表面電気抵抗は含まれる炭素材料の種類の影響を大きく受けることがわかったようです。

図5は単層カーボンナノチューブの場合における、Radial breathing modeと呼ばれるモードで測定したラマン散乱法の結果です。

この、Radial breathing modeについては、『図1の青線で示した低波数側のピークはSWNTに特有なピークで、RBM(Radial breathing mode)モードと呼ばれます。このモードはナノチューブの直径が全対称的に伸縮する振動モードに対応するため、そのシフト量はおおまかにナノチューブの直径に反比例し、よく使われる量としてd(nm)=248/ν(cm-1)があり、図1でもこの式を利用しています。』とあります。

(ラマン散乱法による評価)
https://www.sanken.osaka-u.ac.jp/labs/se/old/research/Raman.htm 

このラマン散乱法のRadial breathing modeの結果により、単層カーボンナノチューブの原料の直径は3~5nmであったが、乳鉢ですりつぶしたところ、直径は1nmになったようです。更にキセロゲル中に分散しても、そのままで、直径は1nmだったようです。単に単層カーボンナノチューブが乳鉢ですりつぶした結果、壊れただけのような気も致しますが…

続いて、単層カーボンナノチューブの場合の、通常の?ラマン分光の結果が図6に出ています。

カーボンナノチューブをラマン分光で評価する場合、『カーボンナノチューブのラマンスペクトルには、1590cm-1付近にグラファイト構造に由来のG-bandと1350cm-1付近に欠陥由来のD-bandのピークが現れます。これらのピーク比を用いてナノチューブの結晶性の純度や欠陥濃度を評価することが可能です。』とあります。

(G/D比による純度評価)
https://www.an.shimadzu.co.jp/industries/engineering-materials/cnt/cnt0102010/index.html

図6を見ますと、原料状態ではほとんど目立たなかったD-bandのピークが、乳鉢ですりつぶし、キセロゲル中に分散後も明らかにD-bandのピークが出ています。ここでも、乳鉢により、単層カーボンナノチューブが破壊されたことが推測されます。そうなれば、単層カーボンナノチューブを使う意味はあるのだろうか?と思いますが…

表2は多層カーボンナノチューブ+フラーレンを組み合わせた場合における、表面電気抵抗の評価結果です。

多層カーボンナノチューブは原料の表面電気抵抗は比較的低いようです。
一方、フラーレンは原料でも表面電気抵抗は非常に高いようです。
そして、混ぜればどうなったか?です。

結果として、フラーレンの割合が増えると、表面電気抵抗も上がったようですが、その上がり方はさほど大きくなかったようです。

言い換えれば、膠のなかで、多層カーボンナノチューブが少量でも首尾よく分散し、結果として、表面電気抵抗を押し下げたのではないか?と考察しています。
それは、図7に示されているSEM写真でも確認できたようです。

最後に、カーボンナノホーンをキセロゲル中に分散させた『墨』を使って、紙に線?を描き、紙そのものと、市販の?墨汁の場合とで表面電気抵抗を比較しています。

その結果、カーボンナノホーンをキセロゲル中に分散させた場合の表面電気抵抗は8.57×10^2 Ω/cm2だったのに対して、紙そのものは3.62×10^12 Ω/cm2、墨汁の場合も6.79×10^10 Ω/cm2と、カーボンナノホーンを用いた場合は大幅に表面電気抵抗が下がり、効果があったようです。


所感です。
今回の研究例は墨の産地である奈良県内にある高校で行われたものです。
中心となったのは膠ですが、改めて歴史を見ます。
『人類が初めて生み出した接着剤』『力自慢の武帝を驚かせた、ニカワの接着力』とあり、決して侮れないものではないか?と思います。

https://www.nitto.com/jp/ja/tapemuseum/history/chapter01_02.html
 

今回の研究例、内容的には物足りない部分もあるかもしれませんが、地場産業や天然物由来物質である膠を使うことはSDGsを意識したものであり、高校生が果敢に挑戦して発表したということでは高く評価すべきと考えます。

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