新着情報

Informations

ご利用の流れ

HOME

>

新着情報

>

新着情報詳細

雑誌会

2026.01.17

出土品を保護するはずのコーティング剤が錆の原因に!

考古学で金属製の出土品を樹脂製のコーティング剤で保護することが広く行われているようですが、何とそのコーティング剤が分解すれば、酸化作用をもたらし、出土品を腐食するというお話です。

Unexpected Damage on Metal Artifacts Triggered by the Hazardous
Interfacial Interaction from Aging of Polymer Coatings
Ying An, Pei Hu, Kaitao Li, Yu Kang, Gang Hu, Rui Tian,* Chao Lu,* and Xue Duan
ACS Cent. Sci. 2025, 11, 694−703

(本文)
https://pubs.acs.org/doi/pdf/10.1021/acscentsci.5c00067?ref=article_openPDF

(補足情報)
https://pubs.acs.org/doi/suppl/10.1021/acscentsci.5c00067/suppl_file/oc5c00067_si_001.pdf

今回の研究例では、出土品の保護に広く用いられているパラロイドB-72を用いています。
(パラロイドB-72)
https://www.researchgate.net/figure/Chemical-structure-of-Paraloid-B72C-m-n-14-70-30_fig8_264391406
あるいは
http://www.sanko-syoji.co.jp/bunkazai/syouhin.html
あるいは
https://www.google.com/url?sa=t&rct=j&q=&esrc=s&source=web&cd=&ved=2ahUKEwii17z6tdSPAxUt1zQHHeUHMOcQFnoECB4QAQ&url=https%3A%2F%2Fminpaku.repo.nii.ac.jp%2Frecord%2F1971%2Ffiles%2FSER36_012.pdf&usg=AOvVaw2HyMAKX6E2MyCUMdj_Z6AC&opi=89978449

まずは腐食の様子をモニターするために蛍光標識物質を使ったようです。
ここでは『6-アミノフルオレセイン』を使ったようです。『6-アミノフルオレセインは、「バッキーソーム」というフラーレンベースのリポソームのナノ構造の蛍光標識試薬として有用であることが確認されています。本製品は0.1 N NaOHに溶かすと、最大吸光度490 nmから定量可能です。また、脱炭酸して6 N HCl(110°Cで24時間絶えず煮沸して調製)に溶かすと、最大吸光度454 nmから定量可能です。アルデヒド基はタンパク質の酸化ダメージにより形成されますが、これは脱炭酸6-アミノフルオレセイン標識により検出可能です。
6-アミノフルオレセインは、ポリr(A-U)の抗ウイルス活性の増強能を測定するために使用されてきました。』とあります。
https://www.sigmaaldrich.com/JP/ja/product/aldrich/201634?srsltid=AfmBOorZxh6KBnF4XQSw90LK7ofvsf9DhtWQRXyBt7VaREi6XopfPWCm
蛍光の発光強度は存在するカルボキシル基の量と直線的な関係があることが確認されています。(補足情報の図S1F)そしてこのカルボキシル基こそが、酸の発生源であり、腐食の原因となります。

Scheme 1に概念図があります。
鉄のB72をコーティングしたものの、カルボキシル基が存在して、鉄がFe0からfen+となり、腐食が進む様子が描かれています。
この現象を促進させるため、B72でコーティングしたサンプルを60℃の温度で1.0W/m2強度のUV光を照射したようです。
結果として、まず、熱UV処理を施していない場合は蛍光信号が検出されなかったようです。一方、熱UV処理を行った場合、明らかに蛍光が検出されたようです。ザクっとではありますが、処理時間が長いほど、蛍光の量も増えているようです。(図1、補足情報の図S3)
特に傾向は鉄側と空気側のどちらからも蛍光が発せられていたようです。(図1E)
なお、比較のために、土台を鉄から石英に変えたところ、蛍光は空気側からしか観測されなかたようです。空気側からカルボキシル基が発生することは空気中には酸素が豊富にあるので、あり得ることです。言い換えれば、有機合成などで空気を遮断し、窒素やアルゴン雰囲気下で反応させることからも容易に理解できます。ところが、鉄側からもカルボキシル基が発生し、しかも図1Eや図1Fを見ると、鉄側の方がカルボキシル基の発生量が多いことが読み取れます。(処理30時間で空気側が1424μm3に対して鉄側は1735μm3)
更には鉄粉を混入させたB72フィルムを5時間ほど熱光処理したところ、特に蛍光は観測されなかったようです。(補足情報の図S6Eと図S6F)ところが、予め熱光処理をした鉄粉を用いた場合は傾向が検出されたようです。(補足情報の図S6GとS6H)

次はB72の分子量分布をGPCで評価しています。分解が起こっている否か?を調べるためです。処理前、処理時間が30時間で鉄上の場合、石英上の場合の3つを比較しています。結果が図2Aに出ています。見たところ、GPCの波形に違いはみられなかったようです。Mwにも明確な変化は見られなかったようです。ただ、Mnに関しては、鉄上の場合はMnが他の場合より大きくなったようです。これに関して、鎖の分解と架橋が同時に競争的に起こり、特に鉄上の場合は架橋反応が優先的に起こったと考察しています。
なお、MwとMnについては、下記を参照して下さい。
(右脳で考える「高分子化学」 Vol.08 高分子の分子量(前編)-平均分子量-)
https://www.youtube.com/watch?v=ux7adpAdmJs

続いてFT-IRで劣化の評価を行ったようです。エステルのC-O-Cに由来するピークが1240、1140、1120cm-1、C=O由来は1729cm-1、C-H由来は1440と1385cm-1にあるので、そこを見たようです。
CI=吸収比=(A1729/A1440)=(C=O/C-H)を調べたようです。その結果、生⇒石英上⇒鉄上となるに連れて、2.85⇒3.02⇒4.23とC=Oの影響力が大きくなったようです。明らかに鉄上構造の変化があったことがわかったようです。

また、X線でも評価をしています。処理後、石英上の場合におけるピーク比=(C=O/C-C)=0.05だったのに対して鉄上はピーク比=(C=O/C-C)=0.11とC=Oの存在比が大きくなり、熱光処理の影響は鉄上の方が大きいことがわかったようです。
以上より、活性的な鉄はカルボキシル基生成を促進すると考察しています。(図2E)

次はESRを用いてB72が熱光処理により、水酸基ラジカル(・OH)が発生したことを確認しています。図3Aに見られるように、処理前は無かった水酸基ラジカルのピークが、処理後には明らかに表れたようです。
続いて、B72に処理時間と、B72を洗浄した液のpHとの関係を調べたところ、5時間の処理でpHは6.9から6.2まで下落しその後60時間までじわじわとpHは低下し、酸性が強くなったようです。
更に、B72を処理したことによりFeの価数の変化への影響をXPSを用いて調べています。図3Ciiiに見られるように、処理前の状態ではFe(0)の明確なピークが見られました。この生鉄に熱光処理を加えると、Fe(II) および Fe(III) に由来するピークが増大したたようです。(図3Cii)鉄イオン含有量を調べるため、面積比[(Fe(III) + Fe(II))/Fe(0)]を計算することで定量分析を行ったようです。その結果面積比は7.82だったようです。一方、B72をコーティングした場合は、処理後の[(Fe(III) + Fe(II))/Fe(0)]面積比は11.98まで大幅に増加したようです。(図3Ci)B72の存在下では豊富な鉄イオンが生成され、B72が鉄の深刻な構造変化を引き起こすことを示唆してるようです。
図3Dは処理による電流密度と(Icorr)と電位(Ecorr)の関係を調べています。B72をコーティングした場合、処理前の電流密度とEcorrの電位の値はそれぞれ1.40 × 10−5 A/cm2と-0.829 Vだったようです。そして、処理後は電流密度は7.31 × 10−5 A/cm2に増加、電位は-0.903 Vに減少たようです。(図3D)。腐食速度と電流密度の間には正の相関関係があるため、電流密度が高いほど鉄の腐食速度が速くなることがわかっています。更に電位が低下したことは、コーティングを施した鉄の方が腐食しやすいことを示しているようです。

ここからは実際の出土品を用いて検証したようです。出土品(図4Ai)の錆を取り(図4Aii)、B72でコーティングして蛍光標識物質を埋め込んで(図4Aiii)準備したようです。30時間熱光処理を行ったところ、蛍光が検出されたことで、カルボキシル基の生成が確認されたようです。(図4B上)この蛍光は空気側と出品側の双方から確認できたようです。(図4B下)また場所の特定は5時間処理するだけでわかったようです。(図4C)

そして、B72の官能基についてマイクロラマン分光で調べたようです。B72でコーティングした場合、処理前はラマン分光法からFeの大部分が安定相であるFe₃O₄およびα-FeOOHとして存在するとともに、少量の不安定相β-FeOOHが検出されたようです。(図5A)。
一方、90時間の熱光処理後はFe₃O₄およびα-FeOOH相に加え、不安定な腐食生成物であるβ-FeOOHのみならずγ-FeOOHが出現したようです。(図5B)
最後にXPSで評価したようです。B72をコーティングしなかった場合は90時間の熱光処理後もFe(II)とFe(III)の割合が安定していようです。(図5Eおよび補足情報の図S12C)。これは処理中も相組成が比較的安定していたことを示唆するようです。対照的に、B72で被覆された鉄屑では鉄種の組成が顕著に変化したようです。Fe(III)の含有量は90時間の光熱処理中に73%から83%へ増加したようです。(図5F)この変動は、90時間の光熱処理中にFe3O4からFe(III)への転移が進行したことによるものと解釈できるみたいです。この変化は安定なFe₃O₄から活性で腐食をもたらすγ-FeOOHへの変化と言えるようです。この結果は、経年劣化したB72が光熱処理中に金属工芸品に化学的損傷を与えることを明確に示したようです。したがって、ポリマーコーティングの寿命と安全性の両方を留意し、文化財をより良く保護するためには、ポリマーコーティングについて慎重な検討が必要であると述べています。

所感です。腐食から保護するための樹脂コーティングが、腐食を促進するという、ショッキングな内容でした。アクリル樹脂は透明性でアクリル板としてもお馴染みです。特に分解して悪さをするというイメージはなかったのですが、鉄とくっ付けば酸を発生するということは、化学構造を見れば、さもありなんです。
今回の研究結果を踏まえて、代替品の開発も進むかもしれません。しかしながら、考古学という、ケミカルではない分野で、一度定着した材料、もはや文化と言っても良い定番品を変えていくことは、なかなか大変なような気も致します。
それはそうと、昔、布目順郎先生(京都工芸繊維大学名誉教授)という古代の繊維鑑定の第一人者がいました。私は元々歴史が好きでした。当時既に布目先生はとっくの昔に退官していて、大学に入学して会うことはありませんでしたが、今回の研究例は考古学絡みでしたので、大変ロマンを感じました。

pdfはこちら

一覧に戻る