鋳型を作って、ニトロ化合物と錯体を形成することで、ニトロ化合物を検出するお話です。
いわゆるホスト-ゲスト化合物の分野と思われます。
Optimizing Dispersion of Silver Nanoparticle Incorporated Hydrogel
Matrix by Silver Ion-Reducing Agent Self-Assembly
Tasawan Puttasakul, Pichai Sirisangwang, Nidcha Aroonrote, Chak Sangma,* and Wannisa Sukjee*
ACS Omega 2025, 10, 62667−62674
(本文)
https://pubs.acs.org/doi/pdf/10.1021/acsomega.5c06979?ref=article_openPDF
(補足情報)
https://pubs.acs.org/doi/suppl/10.1021/acsomega.5c06979/suppl_file/ao5c06979_si_001.pdf
今回の研究例は出口としてトリニトロトルエン(TNT)の検出を検討しています。
TNTは爆薬の材料として有名です。
まず火薬と爆薬の違いについては『火薬とは、推進的爆発(音速以下で反応が伝わること)により発生したガス圧力を利用して、ロケットや弾丸などを推進させるもので、代表的なものに黒色火薬や無煙火薬といったものがあります。
爆薬は、破壊的爆発(1秒間に2~8kmで反応が伝わること)により発生した多量の熱とガスや衝撃波で破壊効果を発揮するもので、代表的なものにダイナマイトやTNT(トリニトロトルエン)といったものがあります。』とあります。
(火薬と爆薬の違いとは)
https://www.mod.go.jp/msdf/kamf/sono13.html
トリニトロトルエン(TNT)については、
(ニトロ化合物)
https://zukai-kikenbutu.com/kikenbutu/5-nitorokagoubutu.html
なお、爆薬の検出が必要となる場面の一つに手製爆弾などをどうやって判別するか?になります。スパイ映画を見ている分には良いのですが、実際には大変なことです。これに関して、『 IEDとは、その日本語訳である「即製爆発装置」という名が示すように、簡易製造された爆発物の総称であり、正規に工場等で軍用に製造された爆弾と区別される。IED及びその被害の事例を図1に示す。
IEDは砲弾や地雷等を改造したものに限らず、農薬をはじめとする化学薬品から非工業的に合成した爆薬を封入して製作した爆発物、いわゆる手製爆弾を含み、その含有物や形状は多種多様である。また、日用品に偽装されている場合もあるため、外見のみからIEDであることを判別することは非常に困難とされている。ただし、IEDは前述したように手工業的に製作されているため、一般的にIEDの表面には、その製作時に極微量の爆薬が付着することが知られており、その量は指紋1個当たりに1000ng程度である[6]。従って、この表面付着爆薬を採取・分析することで、発見した不審物がIEDか否かの判断が可能である。しかしながら、IEDは携帯電話等により、人もしくは車両の接近に合わせて遠隔起爆される場合が多いため、人が近づいて調査を実施することは大きな危険を伴うとともに、数ng程度の爆薬を検出することも技術的に容易ではない。』とあります。
(高感度爆薬採取・分析システムの研究)
https://www.cistec.or.jp/service/daigaku/data/1501-04_siten03.pdf
ここで、『一般的にIEDの表面には、その製作時に極微量の爆薬が付着することが知られており、その量は指紋1個当たりに1000ng程度である[6]。従って、この表面付着爆薬を採取・分析することで、発見した不審物がIEDか否かの判断が可能である。』とありますように、『爆弾表面より物質サンプルを採取・分析することで、爆弾か否か?の判断をする』が今回の研究例の背景にあるようです。
なお、研究用のTNTはタイ軍から取り寄せたようです。
やったことが図6に出ています。
左から原料を混ぜ、高分子化してゲルとします。
この研究の重要なポイントにもなるのですが、PHL(フロログルシノール)が重要な役割を果たします。PHLについては、『フロログルシノールは、医薬品や爆発物の合成に使用される有機化合物です。』『フロログルシノールは、トリフェノールファミリーの筋向性鎮痙薬です。ジェラール・グラウアールによって発見されました。機能性消化器疾患(大腸炎)、腎臓または肝臓の疝痛、および特定の婦人科の痛みにおけるけいれんを軽減するために頻繁に処方されます。』とあります。
(フロログルシノールについて詳しく解説)
https://science-hub.click/?p=68581
このPHLにより、ゲル内に適度なスペースを与えたと共に、銀を適度に分散させたようです。一方、PHLが無い場合は銀が凝集し過ぎたようです。
不思議なことに、PHLを用いて銀の分散性を良くした場合の方が、着色したようです。(図1)
図2はX線やTEMを使って、銀の状態を中心に調べた結果です。
特にSAEDという手法を採用したようです。
SAEDパターン⇒制限視野電子回折については、
(SAED;Selected Area Electron Diffraction)
『絞り径に応じて100 nmφ~数μmφの領域の結晶構造情報を得ることができる。』とあります。
https://www.mst.or.jp/Portals/0/case/pdf/b0214.pdf
図2ABCにおけるPHLあり、図2DEFはPHLなしの場合です。
特に銀粒子の状態に注目したところ、TEMでは明らかに粒子は小さいことがわかり、X線でもピークの数やスポットの数が多いことから、銀は粒径の小さい状態で良く分散していることが推測されたようです。
図3に示されているように、PHLがある場合の銀の粒径は4~10nm、無い場合は15~27nmとなったようです。
図4はSEMでの観察結果ですが、PHLアリの場合(図4AB)はゲルの内部にも銀ナノ粒子が入り込んでいたのに対して、PHL無しの場合はゲルの表面のみに銀ナノ粒子は集まっていたようです。
そして、このゲルを電気化学的手法で評価したようです。
結果が図7に出ています。
青線がPHLアリの場合、赤線がPHL無しの場合です。
いずれの場合も、0.12Vの箇所にはピークがあります。
これは銀の酸化によるものと考察しています。
そして、PHLがある場合のみ、0.45Vにも、小さいながらもピークがあります。
これは更なる銀の酸化のようで、この研究例の重要なポイントでもあります。
最後にTNTなどニトロ化合物を用いて検出の評価をしています。
図8AはPHLがある場合でTNTの量が多いほど、0.45Vのピークも高くなっています。
一方図8BはPHLが無い場合で、0.45Vにピークは出現しません。
また、図8CはTNT以外のニトロ化合物も用いて比較した結果です。
TNTに選択性があったようです。
所感です。
爆弾の検査、世の中には『爆発物探知犬』という犬がいるみたいですが…
(爆発物探知犬とは)
https://japank9.com/blog/%e7%88%86%e7%99%ba%e7%89%a9%e6%8e%a2%e7%9f%a5%e7%8a%ac%e3%81%a8%e3%81%af
さすがに爆発物探知犬もどこでもいるというわけでもないので、できれば分析機器でも何とかしたいところです。爆弾の中を開けるわけにもいかないので、表面からわずかな物質を採取して…
NMRは一定のサンプル量が必要ですし、赤外分光器でも難しいのでしょうか?
ただ、この手法、オーソドックスなホスト-ゲスト化学です。
しかも、今回の研究例ではPHLがキー物質となっていましたが、当然PHL以外の物質を使うと、結果も変わって来ます。横展開可能です。
また、検出対象物質もニトロ化合物以外にも可能性は十分あります。
重要なことは、その考え方、戦略であり、非常に参考になる研究例と考えます。