この『雑誌会の部屋』は、化学系の雑誌を中心に独断と偏見で研究例を選び、不定期でご紹介するコーナーです。
Triplet Upconversion under Ambient Conditions Enables Digital
Light Processing 3D Printing
Connor J. O’Dea, Jussi Isokuortti, Emma E. Comer, Sean T. Roberts,* and Zachariah A. Page*
ACS Cent. Sci. 2024, 10, 272−282
樹脂のラジカル重合を開始するのに、これまではアルゴン雰囲気下、強力なUV光を当てていたところを、緩~い緑色のLEDで、しかも大気中でもできるように改良したお話です。
(本文)
https://pubs.acs.org/doi/epdf/10.1021/acscentsci.3c01263
(追加情報)
https://pubs.acs.org/doi/suppl/10.1021/acscentsci.3c01263/suppl_file/oc3c01263_si_001.pdf
まず、そもそも何をやろうとしているか?です。
2-phenoxyethyl acrylate (PhOEA、アクリル酸2-フェノキシエチル)をモノマーとして重合物を得ようとしています。
https://www.tcichemicals.com/JP/ja/p/A1400
構造は図3Aに示されています。
重合はメタクリル酸メチルと同じ機構で進むと思われます。
(化学反応の最中にはどのようなことが起こっているのか?)
https://www.nara-edu.ac.jp/nakkyon_knowledge/blog/2021/07/post-14.html
重合を開始するには開始剤が必要で、ここでは光開始剤を用いています。
(光ラジカル重合開始剤)
まず検討している一つ目の光開始剤(Type I)はBAPOと呼ばれるもので、構造は図2Aに示されています。このBAPOは分子内開裂型、アシルホスフィンオキシドに分類され、『アシルホスフィンオキシドは長波長に吸収のある光ラジカル重合開始剤です。この重合開始剤はアクリレート系にも不飽和ポリエステル系にも有用であり、光反応後吸収がなくなるという、フォトブリーチング効果により内部硬化性に優れ、また黄変も起こりにくいという特長を有しています。モノアシルホスフィンオキシド(MAPO)、ビスアシルホスフィンオキシド(BAPO)は400 nmから450 nmに限界吸収波長を有しているため、顔料を含んだ重合において高感度が期待できる重合開始剤となります。』
https://labchem-wako.fujifilm.com/jp/category/00202.html
実際の開裂は下記の6ページ目、Scheme5に書かれている通りです。
(Phitoinitiators)
https://bomar-chem.com/content/download/301/file/BWP003DA%20Photoinitiators%20White%20Paper.pdf
上記には『長波長に吸収のある光ラジカル重合開始剤』、『ビスアシルホスフィンオキシド(BAPO)は400 nmから450 nmに限界吸収波長』とあります。図2Bを見ても、波長=405nmに吸収があるように描かれています。
ただ、他と比較をすれば405nmは長波長というだけで、十分短波長です。たとい405nmでも光劣化や毒性をもたらすようです。
そこで、光源として、緑色のLED(波長=530nm)を物質内で短波長化(530nm⇒405nm)して、光開始剤BAPOを働かそうとしたようです。
今回の研究例では3つのLEDを用いたようです。
LCS-0405-12-22 (405 nm)
LCS-0530-15-22 (530 nm)
LCS-0525-60-22 (525 nm)
https://www.optogenetics.jp/mightex-lcs/
図2を見ます。
まず、Type I via TTA-UC(ピンク色に塗られた部分)を見ます。
TTA-UCは三重項―三重項消滅機構によるフォトン・アップコンバージョンのことです。
フォトン・アップコンバージョンとは、『フォトン・アップコンバージョン(UC)とは、低いエネルギーの光を高いエネルギーの光に変換する現象です。』とあります。
https://www.kyushu-u.ac.jp/f/40938/20_10_19_01.pdf
今回の研究例では、図2にありますように、530nmの光を405nmへ物質内で変換させる、それがフォトン・アップコンバージョンとなっているようです。
かなり難解ですが、下記資料を見ます。
『分子組織化に基づくフォトン・アップコンバージョンの化学』
https://www.jstage.jst.go.jp/article/oleoscience/22/5/22_195/_pdf/-char/ja
2ページ目、『TTA-UC の機構をFig. 1A に示す。まずドナー(D)分子は三重項増感剤であり,アクセプター(A)は発光体である。典型的なD,A としてPt(II)ポルフィリン錯体(Pt(OEP))とジフェニルアントラセン(DPA)の組み合わせは,緑色光(530 nm)を青色光(430 nm)に変換する。D の光吸収により生じた励起一重項(S1)は三重項状態(T1)へ効率よく系間交差(ISC)し,その後,D からアクセプター(A)分子への三重項―三重項励起エネルギー移動(TTET)により,A 分子の三重項励起状態(T1)が生成する。励起三重項状態にある2個のA分子が,その寿命の間に溶液中を拡散し衝突すると,TTA が起こってA の励起一重項(S1)が生成するとともに(このとき,もう一方のA 分子は基底状態に失活),アップコンバージョン蛍光を発する。ここで三重項励起エネルギー移動の各過程(TTET,TTA)はFig. 1B に示す電子交換(Dexter)機構により進み,電子交換が起こるためにはD とA 分子の間の波動関数が重なる約1 nm 以下の距離に接近する必要がある。』とあります。
今回の研究例もPt(II)ポルフィリン錯体(Pt(OEP))とジフェニルアントラセン(DPA)の組み合わせで上記資料と同じです。
なお、反応は連鎖的に起こって行くようです。
それはカスケード((連続した)小さな滝)反応と呼ばれています。
カスケード反応については、『一つの素反応が別の部分に活性な官能基を生成、それがさらに反応を起こす反応形式の総称。滝の水が流れ落ちるがごとく、次々と反応が進行してゆく様から“カスケード”と形容される。タンデム反応(tandem reaction)もしくはドミノ反応(domino reaction)とも呼ばれる。』とあります。
https://www.chem-station.com/chemglossary/2010/02/_cascade_reaction.html
なお、上記資料では『Pt(II)ポルフィリン錯体(Pt(OEP))とジフェニルアントラセン(DPA)の組み合わせは,緑色光(530 nm)を青色光(430 nm)に変換する。』とありますが、今回の研究例では405nmまで変換しているとなっています。
上記資料の図3では確かに430nm付近にピークがありますし、今回の研究例では追加情報図S7には433nmのピークに加えて、413nmにもピークがあります。この違いは、上記資料の場合は溶媒がDMFであったことに対して、今回の研究例ではモノマーであるアクリル酸2-フェノキシエチルであったので、その違いかもしれませんが、よくわかりません。
比較用として、別の系も準備したようです。
図2のType IIがそれに該当するようです。
530nmの光を当て、PtOEPが光酸化還元剤として機能(光吸収により生じた励起一重項(S1)は三重項状態(T1)へ効率よく系間交差(ISC))するところまではType Iと同じです。その後、ジフェニルヨードニウム塩と n-ブチルトリフェニルボレート塩がそれぞれ電子受容体 (A) と供与体 (D) 成分として機能し、ラジカルが生成する効率的な酸化還元サイクルを完了するようです。
このType IIについては、比較実験用で、図5と図6で登場します。ただ、実験項のMaterialsのところにはジフェニルヨードニウム塩と n-ブチルトリフェニルボレート塩の記述はなかったので、過去の研究例から引っ張ってきた内容かもしれません。
続いて、モノマーの選定を行ったようです。
4つのモノマーを検討したところ、2-phenoxyethyl acrylate (PhOEA、アクリル酸2-フェノキシエチル)が最もモノマーの変換率が良好であったのと、安価であったこともあり、PhOEAを採用したようです。(追加情報の図S10と表S1)
評価ですが、まずはPtOEP/DPA TTA-UCの系において、量子効率と強度閾値(Ith)の検討を行っています。
量子効率については、『物質の中で光子または電子が他のエネルギーの光子または電子に変換される割合。特に、光子に変換される場合を発光効率ともいう。』とあります。
https://semiconductor.samsung.com/jp/support/tools-resources/dictionary/semiconductor-glossary-leds-quantum-efficiency/
消光を避けるため、BPPOを入れずに(=PtOEPとDPAのみ使用)行ったようです。
PtOEPを0.6mMとDPAを6mMの濃度でPhOEAに溶かして実施したようです。
532nmの光をまずは励起強度=50mW/cm2で照射したようです。(図3A)
次に励起強度を1000mW/cm2に上げると、DPAからは432nmの蛍光が発せられ、最初の30秒までに強度が増加したようです。その後、60秒までの間に蛍光は減少、PtOEPの燐光に起因する~645 nmを中心とする赤色発光バンドが出現したようです。
追加情報の図S11に示されるように、光照射実験後、セルの中を見たところ、ポリマーが出現していたようです。これは高い励起強度と露光時間を必要とするものの、BAPOの非存在下でも光重合を開始できることが示されたようです。DPAの場合、1[An]*のエネルギーはアクリレート重合を開始するには低すぎるようです。これはモノマー中の DPA の直接励起によって実験的に確認されたようで、405 nm LED (50 mW/cm²) を照射しても、モノマーは変換されなかったようです。(追加情報の図S12) そのため、TTA-UC光合成系内には別の開始経路が存在するはずであり、1[An]*の前にTTA(triplet energy transfer、三重項エネルギー移動)で形成される高エネルギー結合三重項対状態からモノマーへの電子伝達を介して開始反応が起こるのではないかと推測されています。
時間の経過とともに、DPAがクエンチャーとして働くモノマーの局所濃度が重合により減少し、光照射を続けるとDPA蛍光がゆっくりと増加するようです。しかし最終的には、重合によって溶液の粘度が上昇し、PtOEPからDPAへの拡散に基づくTETと、三重項励起DPA(3[An]*)分子間のTTAが著しく阻害されるため、DPA蛍光が減少し、PtOEP燐光が増加するらしいです。注目すべきは、青色発光から赤色発光への変化は下記動画などで確認できるみたいです。(追加情報の図S13および動画その1)。
(動画その1)
https://pubs.acs.org/doi/suppl/10.1021/acscentsci.3c01263/suppl_file/oc3c01263_si_002.mp4
モノマーによりDPAが消光したため、PtOEP/DPA TTA-UC系の量子効率と励起強度を定量的に決定することができなかったようです。そこで、アクリル酸2-フェノキシエチルを類似の非重合性溶媒である酢酸2-フェニルエチル(
https://www.tcichemicals.com/JP/ja/p/A0692 二重結合なし⇒重合しない)に置き換えて検討したようです。波長436 nmのDPA蛍光強度を波長532 nmの励起強度の関数として追跡したようです。(図3B)結果を対数スケールでプロットすると、励起強度≈250 mW/cm2で傾きが約2から1に変化し、強度閾値が特定されたようです。強度閾値以下では3[An]*の自然減衰が律速となりますが、強度閾値以上ではTTAが支配的となり律速となるようです。なお、強度閾値は式(1)になるようです。
ここでBAPOですが、その吸収スペクトルがDPAの発光スペクトルとよく重なることから,BAPOを開始剤(I)として用いて,古典的なI型光重合を駆動するために使用したとあります。(図4A)緑色LED(λmax = 525 nm)を励起光源として選択したようです。その理由として、発光領域がBAPOに吸収されることなく、その一方でTTA-UCおよびタイプII光合成系の両方で使用されるPtOEPの吸収領域とよく重なるためであるからのようです。
まずは重合速度に重点を置いたようです。リアルタイム フーリエ変換赤外分光法 (RT-FTIR、
https://orist.jp/technicalsheet/18-08.pdf ) を利用して、約 808 cm-1 でのモノマー C=C 伸縮バンドの損失に基づくモノマーからポリマーへの変換 (ρ) を観察することで重合速度を検討したようです。追加情報の図S22(525 nm LED at 10 mW/cm²)と図S23(525 nm LED at 20 mW/cm²)より、PtOEP:DPA:BAPO (1:10:50 ratio, 0.6, 6, 30 mM)の比率が良好だったようです。なお、開始剤(BAPO)の濃度は樹脂処方中の1wt%に相当し、これは光硬化性樹脂に使用されるType I光重合開始剤の標準的な範囲内(約0.5~5wt%)であるようです。
上記のように、PtOEP:DPA:BAPO (1:10:50 ratio, 0.6, 6, 30 mM)の比率で最適化されたので、この構成比率で525nmのLEDで励起強度(Iex)を5および50mW/cm2、アルゴン雰囲気下と大気中の両方で検討したようです。
酸素がない=アルゴン雰囲気下の場合、LEDを『on』 にした直後に重合は始まり、優れた時間的制御が観測されたようです。、アルゴン雰囲気下の場合(図4B中、連続線)最初のモノマーのC=C変換の励起強度が5mW/cm2の場合は速度勾配が109±6.4mM/s、変換率が82±2%、励起強度が50mW/cm2の場合は速度勾配が901±41mM/s、変換率が93±1%だったようです。(図4Bあるいは追加情報の表S3)
上記はPtOEP(三重項増感剤)+DPA(発光体)+BAPO(開始剤)の結果だったのですが、対照実験として、PtOEP(三重項増感剤)+BAPO(開始剤)のみで実施したところ、525nmのLEDで光を励起強度=50mW/cm2で照射しても、重合は起こらなかったようです。(追加情報図S24)
あるいは、PtOEP(三重項増感剤)+DPA(発光体)のみの場合(上記の消光を避けるため、BPPOを入れずに(=PtOEPとDPAのみ使用)行い、追加情報の図S11に示されるように、光照射実験後、セルの中を見たところ、ポリマーが出現していた)、重合は非常にゆっくりであったようです。(追加情報の図S25)
同じ混合物(PtOEP:DPA:BAPO=1:10:50 ratio, 0.6, 6, 30 mM)を大気中で検討したようです。その結果、励起強度を5mW/cm2とした場合、速度勾配=85 ± 7 mM/s、変換率= 75 ± 1%だったようです。更に励起強度を50mW/cm2とすると、速度勾配=834±34 mM/s、変換率=92±1%と上昇したようです。『特に50mW/cm2の場合は大気中でもアルゴン雰囲気下より変換率が7%と減少したに過ぎない』とありますが、実際には『93±1%⇒92±1%』 なので、減少は1%のはずです。あるいは、5mW/cm2の場合ですと、『82±2%⇒75 ± 1%』ですので、7%減少は5mW/cm2の場合だったということでしょうか?せっかくのアピールポイントをうまく生かせていなかったようですが…
このように、酸素の影響をあまり受けなかったことについて、本文では『光重合性樹脂の粘度(η)が比較的低く(ηモノマー≒11 mPa・s)、酸素消光が促進されると予想されたにもかかわらず、三重項消光速度が、高濃度のPS(約600 μM)によって促進される酸素拡散速度に打ち勝ったためと考えられる。』と考察しています。
ちなみに下記には三重項-三重項消滅について、『低い励起光強度で発現、2種類の色素から構成、酸素に弱い』とあります。
(フォトン・アップコンバージョンを利用したアプリケーションの検討)
https://yarukiouendan.or.jp/cms/wp_wipf/wp-content/uploads/tomohiro_mori_tech_seeds.pdf
本来、酸素に弱い現象が、ここでは酸素の影響に打ち勝ったということでしょうか?
ただ、酸素の影響は、励起強度= 5 mW/cm2 でより顕著となり、そこで約4秒の抑制時間(tinh)(光の照射開始後の無変換期間)が出現するようです。(図4B)。抑制時間は、照射領域で酸素が完全に消費されるまでの時間に相当するようです。
TTA-UC樹脂(PhOEA、アクリル酸2-フェノキシエチルの重合物?)の変換率に対する励起強度の影響を調査したようです。(図5A)評価はアルゴン雰囲気下で行ったようです。その結果、励起強度は0.1~200mW/cm2と3オーダー以上変化させたところ、速度勾配0.11±0.01mM/sから2200±150mM/sまで、4桁以上変化したようです。速度勾配と励起強度を両対数スケールでプロットすると、明確な傾きを持つ2つの直線を描くことができ、励起強度≈4mW/cm2で交差したようです。(図5B)低励起強度領域(<4 mW/cm2)では、勾配は超線形(1.95±0.03)であり、これは2光子重合で予想される勾配1と3の間に位置するようです。理想的な2光子プロセスでは傾きが1になるようですが、ラジカル捕捉剤(酸素など)の存在やラジカルの閉塞などの要因によって傾きが3まで大きくなることができるようです。一方、高励起強度領域(>4 mW/cm2)では、勾配は0.66±0.04となり、従来の二分子停止現象で起こる一光子重合で予想される勾配0.5に近いと考察しています。
ここで、超線形については、
『光の速度も考慮
マルチプロセッサによる並列処理では、プロセッサの数を(たとえば)4倍にしたときに計算速度が4倍を超えて速くなるという現象が起こることがあります。この現象のことを「スーパーリニアアクセラレーション(超線形加速)」といいます。「超線形加速」というのは、「線形加速」を超えた加速という意味です。』とあります。
https://www.kyoto-su.ac.jp/project/st/st07_04.html
超線形挙動がTTA-UCを経由したI型光重合に特有であることを確認するため、PtOEP/DPA/BAPO系の速度勾配の値を、図2に詳述したベンチマークであるType I光化学系(DPAに直接405nmの光を当てた場合?)およびType II光化学系を直接励起して得られた値と比較したようです。(図5B)。Type II の光重合は、Type Iで使用された濃度と等モルの濃度の PtOEP と、50 および 5 当量 (それぞれ 30 および 3 mM) のジフェニルヨードニウム塩(電子受容体)および n-ブチルトリフェニルボレート塩(電子供与体)を使用したようです。その結果、励起強度が 0.01 ~ 20 mW/cm2 の範囲で、速度勾配がType Iとほぼ似た値となったようです。(図5B)
図5Bを見ると、TTA-UCを経由してDPAを励起させてラジカルを発生させた場合は、405nmの光を直接DPAの当てた時や525nmの光でType IIでラジカルを発生させた場合とは明らかに挙動が違ったということでしょうか?
続いて安定性についての評価を行ったようです。保存期間と樹脂の50%変換率に必要な時間との関係をRT-FTIRを用いて評価したようです。図5Cに見られるように、TTA-UC経由のType Iでは45日間、ほぼ変化がなかったことに対し、Type IIでは25日ぐらいから50%変換率に必要な時間が増大し、反応が遅くなったことがわかります。
更に、Type II では保存期間が長くなると変色(暗くなる)ことが吸光度スペクトルの測定によりわかったようです。(追加情報の図S42とS43)
今回検討している樹脂を3Dプリンターへ応用した場合、貯蔵安定性は重要であり、TTA-UC経由のType Iは良好であることがわかったようです。
また、架橋剤としてトリメチロールプロパントリアクリレート(TMPTA)を2-フェノキシエチルアクリレートと1:1の重量比で配合、しかも大気中でも十分効果が認められたので、TMPTAも添加するようにしたようです。
なお、TMPTAを添加、開始剤のBAPOがある時、ない時を比較した動画が下記になります。右側が青から赤に変わったようですが…
(動画その2)
https://pubs.acs.org/doi/suppl/10.1021/acscentsci.3c01263/suppl_file/oc3c01263_si_003.mp4
TMPTAも添加した系で、大気中で図5Aと同様にの変換率に対する励起強度の影響を調査したようです。(図6A)その結果、図5Bと同様に明確な傾きを持つ2つの直線を描くことができ、 励起強度は約44 mW/cm2(図6B)となり、アルゴン雰囲気下だった場合(励起強度= 4 mW/cm2、図5B)よりも一桁大きかったようです。
更に平均ゲル化点を測定したところ、 39.6 ± 2.4 秒 (追加情報の図 S47) であり、DLP 3D プリンティングにとって妥当な時間枠内となったようです。
続いて、硬化の深さ(Cd)を光の吸収量(Eo)に対してプロットしたところ、図6Cのようになったみたいです。開始のための量子効率が低いため、TTA-UC経由のType IのEcは(405nmの光を直接照射した)Type IおよびType IIのそれよりも約20倍高くなったようです。しかし重要なことは、TTA-UC経由の場合、エネルギー要求が高いにもかかわらず、650±60μmというDp(光の浸透深さ)は、I型(1370±30μm)やII型(1450±90μm)よりも約2倍低かったことのようです。
最後はTTA-UC経由のType Iを用いて実証実験を行っています。
DLP 3Dプリントに応用したようです。
デジタルライトプロセッシング(DLP)について、『光造形方式は、紫外線を照射するプロセスによってSLAとDLPの2つに分けられます。DLPはDegital Light Processingの略で、プロジェクターによって光を照射する造形です。SLAが1本のレーザービームで照射するのに対して、DLPは下からプロジェクターによって一度に1層分の紫外線を照射します。造形物は上から吊り下げられながら積層され、1層硬化させる毎に造形ステージが上がっていきます。』とあります。
https://www.ddd-factory.jp/glossary/dlp/
λmaxが525nm、半値全幅(fwhm)が34nm、最大励起強度が7mW/cm2の緑色LED(追加情報の図S53)を用いたようです。3Dプリンティングは大気中で行ったようです。最適な露光時間を探るために、100μm層あたり5~115秒の光照射時間を予めプログラムした12個の離散切片を含む初期印刷ファイルを使用したようです。(追加情報の図S54)。その結果、横方向(x、y)の解像度が100μmと小さい物体を作製するには、最小露光時間45秒/100μm層であることがわかったようです。(投影画像では約4~5ピクセルに相当するようです。)特筆すべきは、45秒を超える露光時間では横方向の過硬化(硬化不良?)がほとんど観察されなかったことのようです。露光時間50秒/100μm(約7mm/h)を用いて、いくつかの複雑な造形物の試作を行ったようです。具体的には、内部に螺旋階段を持つルークと、船が首尾良く作製できたようです。(図6D、図6E)
ちなみにルークとはチェスの駒のことです。
(ルック、ルーク、Rook、)
http://www.hirata-koubou.com/chess/essay/rook.html
所感です。
ラジカル発生のために短波長の光をいきなり当てるのではなく、一旦緩い長波長に光を当てて、樹脂内部で短波長化して、高エネルギー化させていることは興味深いところです。
同じようなことエネルギー変換が植物などの生体の中でも行われているのではないか?と思います。有機合成を行っていると、シビアな乾燥状態、高温下など、日ごろあり得ない環境が必要となることがありますが、生体内では基本的に大気中、室温、あるいは体温というマイルドな環境下なので、それでいて物事が進むのは大自然の驚異と言えるでしょう。
ただ、今回の研究例、樹脂中に白金が含まれているPtOEPを配合しています。0.01mol%と含有率は低いとは言え、ちりも積もれば…です。
結論のところに、貴金属類の使用を無くすことへの言及があるものの、今回の研究例ではそのことについては検証していません。このあたりが今後の課題と思われます。