この『雑誌会の部屋』は、化学系の雑誌を中心に独断と偏見で研究例を選び、不定期でご紹介していくコーナーです。
ジャミングと呼ばれる現象を調べたお話です。
Leveraging the Polymer Glass Transition to Access Thermally
Switchable Shear Jamming Suspensions
Chuqiao Chen, Michael van der Naald, Abhinendra Singh, Neil D. Dolinski, Grayson L. Jackson,
Heinrich M. Jaeger, Stuart J. Rowan,* and Juan J. de Pablo
ACS Cent. Sci. 2023, 9, 639−647
(本文)
https://pubs.acs.org/doi/pdf/10.1021/acscentsci.2c01338
(追加情報)
https://pubs.acs.org/doi/suppl/10.1021/acscentsci.2c01338/suppl_file/oc2c01338_si_001.pdf
(動画)
https://pubs.acs.org/doi/suppl/10.1021/acscentsci.2c01338/suppl_file/oc2c01338_si_002.avi
https://pubs.acs.org/doi/suppl/10.1021/acscentsci.2c01338/suppl_file/oc2c01338_si_003.avi
ジャミング懸濁液というものがあり、Tg付近でどうなるか?を調べています。
樹脂(高分子)などにはガラス転移と呼ばれる現象があり、その境目をガラス転移点と呼ばれています。下記には『樹脂はある温度以上に加熱すると、分子が運動しやすい状態になり、軟質のゴム状態になります。そこから冷却していくと分子の運動が制限されて、硬質のガラス状態になります。このガラス状態とゴム状態の境目の温度のことをガラス転移点と言います。ガラス転移点は一般にTgと表記されます。』とあります。
https://www.yumoto.jp/material-onepoint/plastic-glass-transition-point
一方、ジャミング転移と呼ばれる現象もあります。
下記には、『粉体やペーストなど,粒子が十分大きく,熱運動できない系を考える。これらの系は,低密度では流動状態にあるが,密度を増加すると,ある密度を境に,乱れた配置のまま固まってしまう。これを,ジャミング転移と呼ぶ。』『ジャミング転移も,ガラス転移同様我々の周りにありふれた現象である。砂山,泡立てたシャンプー,歯磨き粉などのペーストなどは,ジャミング転移により生成した固体である。』
https://www.jstage.jst.go.jp/article/butsuri/68/7/68_KJ00008761271/_pdf/-char/ja
更にジャミング転移については、
https://www.jstage.jst.go.jp/article/mssj/16/2/16_88/_pdf
https://www2.yukawa.kyoto-u.ac.jp/~non-equilibrium/research/jum.pdf
ペーストはジャミング転移により生成したということで、ペーストよりやや緩い状態は懸濁液となるみたいです。
今回の研究ではポリマー粒子を用いた懸濁液を作り、ガラス転移やジャミング転移について調べたようです。
まずはTgが異なる粒子そのものを作製しています。
図1Aに示されているように、末端がSHの化合物(tetrathiol)と末端が二重結合の化合物(di/tri functional alkene)を反応させて高分子化させています。
この手法のメリットとして、
(1) 架橋密度が高く、Tgより上では最小のプラスチック変形で済む
(2) ガラス転移点幅が狭い
(3) モノマーの構造を変えることにより、ポリマーのTgを正確に変えることができる
(4) 反応は容易であり、湿気による影響も受けにくい
という点が挙げられています。
具体的には図1Bに示されているように、
末端がSHの化合物として、1.PETMPの1種類、
末端が二重結合の化合物として、2.TMPTA、3.DVS、4.TAHTZの3種類を用いています。
以上を組み合わせて、3種類のポリマー粒子として、P-9(1.PETMP/2.TMPTA=0.75/1、外観=図1C、乾燥状態のTg=8.7±1.7℃(図1F))、P-29(1.PETMP/3.DVS=0.5/1、外観=図1D、乾燥状態のTg=28.5±2.7℃(図1F)、P-50(1.PETMP/2.TMPTA/4.TAHTZ=0.75/0.33/0.67、外観=図1E、乾燥状態のTg=50.0±4.4℃(図1F)の三種類を試作したようです。
出来上がったポリマー粒子にPEG200を加えて懸濁化させたようです。ただ、P-29の場合はPEG200/ジメチルスルホキシド=80/20(体積比)の混合液(これを分散媒と読んでいます。)で懸濁化させたようです。
この懸濁化ですが、追加情報の実験項には『ポリマー粒子と分散媒に対して超音波をかけながら大々的に撹拌した』とあり、例えば追加情報の図S5の脚注には、『P-9 粒子を PEG200 に 24 時間かけて浸漬した』とあります。更に、図1Fではwet状態でのTgも示されています。以上より、ここでの懸濁化はポリマー粒子と分散媒より構成されているものの、いわゆる懸濁液を作っているのではなく、ポリマーに分散媒が染み込み、その状態でのポリマー粒子そのものが懸濁化された状態を評価したのではないか?と考えられます。また、図9Fに見られますように、DSCで評価した結果、Tgは当初の乾燥状態から懸濁状態になったことで、15~25℃低下したようです。液状性分が含まれたので、Tgが下がったということでしょうか?
図2は懸濁状態の動的粘弾性の結果で、追加情報の図S6およびS7には乾燥状態の結果も出ています。本文には期待されたようにTg付近で弾性率が動く幅は狭くなったと書かれています。これについて、特に乾燥状態ではそのことがよくわかりますが、懸濁状態でもそれが言えるのかどうか?はわかりません。ただ、重要なことはP-9、P-29、P-50全てにおいて、貯蔵弾性率が3桁も変わったということのようです。
ここで本文にはβという値が出て来ており、これはせん断増粘性のlog-logプロットにおける傾きを表しているようです。
せん断増粘性について、シアシニング効果の説明として『実際のポリマーは成形加工時に加えられるせん断応力によって溶融粘度が変化するいわゆる「非ニュートン性」を示す、非ニュートン性の中でもせん断応力が増加すると粘度が増加する性質を「せん断増粘性」といい,逆に粘度が低下する性質を「せん断減粘性」という。』とあります。
https://www.jstage.jst.go.jp/article/kobunshi1952/47/9/47_9_680/_pdf/-char/ja
シアシニングについては、『せん断によって粘度が下がる流体をシアシニング流体(Shear Thinning fluids)といいます。』とあります。
https://nature3d.thebase.in/blog/2022/01/02/180352本文にはβ=0であればニュートン流体でβ=1.0であれば、不連続せん断増粘性としています。
なお、ニュートン流体については、
https://www.juntsu.co.jp/qa/qa1608.php図3Aは懸濁化したP-9における、せん断応力と相対的な粘度の関係を示しています。
なお、充填率は53%のようです。粘度の測定は-5℃、15℃、35℃で行ったようです。その結果、懸濁化したP-9は温度に対して強く敏感であったようです。図3Aを見ると、βは-5℃と15℃の場合はほぼ同じで1.0(15℃より下で≈0.9)ぐらい、35℃の場合は-5℃や15℃よりβの値は小さくなったようです。更に図3Bに見られますように、35℃および45℃ではβ<0.7となり、増粘も緩やかになったようです。なお、20℃以下では、βの変化は、せん断増粘が単に温度調節のみでコントロールされるべきであることを暗示しているようです。
図3E~Gは懸濁状態のP-9、P-29、P-50にせん断力=250Paをかけた場合における粘度について、温度を変えながら測定した結果です。図1Fで見たように、懸濁状態でのTgはP-9=-7.4±3.1℃、P-29=0.9±4.3℃、P-50=18.3℃±5.9℃でしたので、粘度はTgより温度が上がると大きく動いたようです。
図3HにはP-9粒子の充填率と粘度と温度の関係を示した図になります。全体として、充填率が下がると、粘度も下がる傾向にありますが、これは分散媒の比率が高くなることで、緩んでくることは容易に想像できます。ただ、βのピークは充填率に関係なく、15℃付近だったようです。15℃以上になると、βは明らかに下落したようです。45℃では、最も高い充填率だった53%の場合でも、βは0.7より小さくなったようです。
最後にいよいよシアジャミングについて言及されています。下記には『剪断で誘起された固体相の発生はシアジャミングと呼ばれ』とあります。
https://www.nagare.or.jp/download/noauth.html?d=37-6_tokushu8.pdf&dir=76
図4Aに示されているように、5℃では懸濁化されたP-9は粗いへき開面が現れ、脆さもあって、シアジャミング流体の挙動を示したようです。変形中に発生する最大垂直抗力は10℃付近で鋭く下がったこともわかります。(図4B)
一方、35℃と65℃の場合は液状の挙動だったようです。
一方、P-50の場合、最大垂直抗力は45℃以上で大きく下落したようです。
所感です。
今回の研究例で、ジャミングという言葉に遭遇しました。
レオロジーという学問領域のようですが、このレオロジー、一見すると曖昧な部分もあり、そこが奥深いところのようです。
ジャミング転移とガラス転移が似て非なるもののようで、まだまだ解明されていないことが多いことも知りました。最初に『ジャミング転移も、ガラス転移同様我々の周りにありふれた現象である。砂山、泡立てたシャンプー、歯磨き粉などのペーストなどは、ジャミング転移により生成した固体である。』とありましたが、身近な現象ということもあり、今後も注目していくべきと考えました。