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雑誌会

2023.10.09

3D-プリンターで小さな小さな造形物

この『雑誌会の部屋』は、化学系の雑誌を中心に独断と偏見で研究例を選び、不定期でご紹介していくコーナーです。

過酸化水素を水と酸素に分解するカタラーゼを運ぶためのマイクロキューブを3Dプリンターで試作したお話です。

3D-Printed Microcubes for Catalase Drug Delivery

Sungmun Lee,* Dong-Wook Lee, Nitul Rajput, Tadzio Levato, Aya Shanti, and Tae-Yeon Kim

ACS Omega 2023, 8, 26775−26781

(本文)
https://pubs.acs.org/doi/epdf/10.1021/acsomega.3c00789

(追加情報)
https://pubs.acs.org/doi/suppl/10.1021/acsomega.3c00789/suppl_file/ao3c00789_si_001.pdf

今回の研究例は過剰に発生した過酸化水素をカタラーゼで分解するお話です。
過酸化水素とカタラーゼの関係については下記で簡単に述べられています。
『※細胞内にカタラーゼ(過酸化水素分解酵素)があるのはなぜか?生物は,酸素を使って有機物を酸化して,エネルギーを得ている。これを好気呼吸という。このとき,酸素原子の大半は水に変わるが,一部は過酸化水素になる。過酸化水素は生物にとっては有害な物質である(ただし,有害な分子を酸化して無害にするのに利用されることもある)。細胞内に存在するカタラーゼは,この過酸化水素を無害な酸素と水に分解する役割を果たしている。』
https://www.hamajima.co.jp/chem/q-and-a-4.html

上記のように、過酸化水素は少量であれば、有害な物質を退治するが、多過ぎると有害になるようです。
一方、カタラーゼが過酸化水素を分解することはかなり有名なことのようで、小・中学生を対象にした簡単な実験も紹介されています。
https://kdc.csj.jp/learning/item_763.html

概念が図1に出ています。
図1Aは3Dプリンターでマイクロキューブを作り、カタラーゼを表面に吸着させて過酸化水素の分解を試そうというものです。
図2Aは図1Aで作ったカタラーゼを表面に設けたマイクロキューブとマクロファージを合体させて評価したようです。
この場合、『ナノ粒子上のカタラーゼを摂取するとマクロファージは細胞を細胞毒性のある H2O2 から効率的に保護される。』ということのようです。
マクロファージも、H2O2には弱くて劣化するのでしょうか?
そこでカタラーゼにより、マクロファージをH2O2から守る、そのためのキャリアとしてマイクロキューブを利用、そんなことを検討したようです。
あるところではマイクロキューブと言っておきながら、一方ではナノ粒子と述べているところにいささか違和感があったりしますが…

マクロファージについては、
『マクロファージは、直径15~20μmの比較的大きな細胞で、全身の組織に広く分布しており、自然免疫(生まれつき持っている防御機構)において重要な役割を担っています。この細胞は、体内に侵入した細菌などの異物を食べる能力に優れており、食べた細菌を消化・殺菌することで、細菌感染を防いでいます。』とあります。
https://institute.yakult.co.jp/dictionary/word_3115.php

具体的にはRAW 264.7というマクロファージを使ったようです。
RAW 264.7については、
https://www.nacalai.co.jp/information/shiyourei/TransfectionReagentApplication_RAW2647.html

https://www.saibou.jp/kensaku/result/?id=EC91062702-F0

図2に3Dプリンターで試作したマイクロキューブのSEM写真が出ています。
3DプリンターはPhotonic Professional GT2、Nanoscribe、
https://www.nanoscribe.com/jp/products/photonic-professional-gt2/
という装置を使ったようです。 
IP-Dip2, Nanoscribeという樹脂を使ったようです。
実のところ、この樹脂の特性が研究成果を左右すると思われますが、今回の研究例では、単に既製品を利用したとあるだけで、樹脂の内容については踏み込んでいないようです。
ちなみに、IP-Dip2については、下記に、
『IP-Dip
当社ユーザーが評価した生体適合性と無細胞毒性、ISO 10993-5よりもいくぶん厳しい要件対応。サブミクロン形状、高アスペクト比。DiLL専用。』
https://www.nanoscribe.com/jp/products/ip-photoresins/
とあります。IP-Dip2はIP-Dipの発展型ということでしょうか?
図2abより、マイクロキューブは横幅が0.8μm(800nm)だったようです。
図2cより、歪みがないことも確認され、図2dより、高さが0.6μm(600nm)と観測されたようです。
一方、AFMでも似たような結果が確認されたようです。(追加情報図S1)
また、マイクロキューブを水中へ入れた場合、追加情報の図S2に示されているように、5分間でどこにあるのか?わからなくなったようです。IP-DipのMSDSにはIP-Dipは水にはとけないことになっているので、マイクロキューブは水中に溶けたのではなく、分散したと推測されます。

カタラーゼは蛍光物質で標識化しています。
蛍光物質はごく一般的な蛍光標識試薬(fluorescein isothiocyanate (FITC))を使ったと思われます。
例えば、
https://www.dojindo.co.jp/products/F007/
またカタラーゼも出所不明ですが、一般的なものを使ったのでしょう。
例えば、
https://www.tcichemicals.com/JP/ja/p/C0052
そこそこ高価ですが…

カタラーゼの標識化は、
(1)pH=9.0のバッファー液にカタラーゼを溶解。濃度=3.3mh/mL
(2)1mlのジメチルスルホキシドに10mgの蛍光標識試薬(FITC)を溶かす。
(3)(2)の溶液?を50μl採取して、(1)の溶液3mlと室温で4時間混合。
(4)未反応のFITCをPD-10(脱塩・バッファー交換用自然落下/遠心分離型カラム、https://www.cytivalifesciences.co.jp/catalog/0062.html )で分離。
(5)リン酸緩衝食塩水(PBS、https://nippongene.com/siyaku/product/buffer/stock-solution/10x-pbs-buffer.html )でpH=7.4に平衡化。
としたようです。

標識化したマイクロキューブとカタラーゼを“ごく一般的な手法で”くっ付けています。
具体的には、
(1)ガラス上にあるマイクロキューブを水1mlでガラスから脱離させる。
(2)おそらくキャップ付きの遠沈管にでも入れる。
(3)ボルテックスミキサーで3分間攪拌。
(4)様々な濃度の標識化したカタラーゼ(FITC-カタラーゼ)(0.033、0.067、0.100、0.167、0.267、0.333、0.400、0.500 mg/mL)を15000個のマイクロカプセルと24時間混合。
(5)マイクロキューブに吸着されなかったFITC-カタラーゼを分離させるために、12000回転で3分間遠心分離。
としたようです。
FITC-カタラーゼの濃度と吸着した量との関係が図3に出ています。FITC-カタラーゼの濃度が0.3mg/mLまでは吸着されたカタラーゼの量はほぼ直線的に大きくなったようです。
しかしながら、FITC-カタラーゼの濃度が0.3mg/mLを越えると、横ばいとなり、カタラーゼの吸着量は一定となったようです。
図3は吸着等温線を示し、その中でも典型的なラングミュア型のようです。このラングミュア型等温線は『圧力あるいは濃度が増加しても、ある値以上では吸着量が一定になってしまうことを示します。これは、気体吸着と溶液吸着の両者で見られる型です。』
https://sekatsu-kagaku.sub.jp/surface-chemistry.htm#d
のようです。
このラングミュア型はLangmuirの吸着等温式に基づき、単分子層吸着に対する吸着等温式のようです。
https://www.mikenekonojikkenshitsu.net/langmuir-freundlich-adsorption-isotherm/

その結果、ブレが少なく、図3に描かれたエラーバーは標準偏差で1.45±1.44%となり、寸法が安定していることに繋がったようです。

図4AはH2O2の還元速度を表した図です。
CATは生の?カタラーゼですから、最も速くH2O2の濃度が落ちることは容易に想像できます。
そして、マイクロキューブに吸着させたカタラーゼ(CAT-MC)も、生のカタラーゼには比べてH2O2の還元速度がやや落ちたようです。しかしながら、その落ち方は小さく、図4Bに示されているように、生のカタラーゼと比べて83.1±1.3%の活性が保持されていたようです。

続いて、図1Bで見られたように、マクロファージと併用することで、細胞によるカタラーゼの摂取の具合を図5Aではマイクロプレートリーダーで、図5Bではフローサイトメトリーで評価した結果が示されています。

マイクロプレートリーダー
http://www.parc.osaka-u.ac.jp/wp-content/uploads/2017/03/MPR.pdf

フローサイトメトリー
https://www.spsj.or.jp/equipment/news/news_detail_42.html

図5に見られますように、3D-プリントされたマイクロキューブ上にFITC-カタラーゼを導入したことにより、FITC-カタラーゼの摂取量は生のFITC-カタラーゼに比べて大きく上昇したようです。

最後にマイクロキューブにより、如何にマクロファージが守られているかどうか?を評価しています。
図6AのControlはマクロファージでH2O2未処理=H2O2には晒していない状態です。
他は24時間、H2O2と共存させた場合です。
このCotrolの値がゼロ値で、それより値が高くなればなるほど、H2O2による影響を受けていることになるようです。
その結果、カタラーゼをマイクロキューブ上に導入したCAT-MCは96.8±6.5%ものH2O2を除去し、何も施していないControlとほぼ同じ状態でした。
ところが、生のカタラーゼ(CAT)はCAT-MCに比べてかなりH2P2の影響を受けたようで、カタラーゼをマイクロキューブ上に導入した効果が確認されたようです。

図6Bはマクロファージの生存率を調べています。
H2O2に24時間晒した後を調べています。
細胞の生存率はMTT Reduction Assay (MTTアッセイ)という方法で調べており、マイクロプレートリーダーで測定したようです。
https://www.funakoshi.co.jp/contents/2810
その結果、CAT-MCの場合は生存率が86.4±4.1%と高い値を示し、CAT-MCの効果が確認されたようです。

所感です。
3D-プリンター、造形速度が非常に遅く、生産性が課題でした。
故に、大きな造形物には向いていないことは否めないといったところです。
今回の研究例はその逆で、非常にミクロなものを作る、これならば、作製時間も短くて済む、そんなところでしょうか?
もちろん、小さければ小さいほど、寸法安定性は厳しくなりますが、図2を見る限り、安定していたようです。更に追加情報の図S2に示されていたように、試作したマイクロキューブはきれいに分散したようで、安定性がここでも確認されており、非常に興味深いところです。
ただ、マイクロキューブの素材も今回の研究例のように既製品の利用からオリジナルのものを開発する研究例も出現するだろうと思います。
3D-プリンターをミクロな世界へ、良い発想と考えます。

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