この『雑誌会』は、化学系の雑誌を中心に独断と偏見で研究例を選び、不定期でご紹介するコーナーです。
ペットボトルに対して、コハク酸を使って、マイクロウェーブで処理をして改質処理を施し、エポキシ樹脂の硬化剤として再利用しようとしたお話です。
Acidolysis of Poly(ethylene terephthalate) Waste Using Succinic
Acid under Microwave Irradiation as a New Chemical Upcycling
Method
Cuong N. Hoang,* Ngan T. Nguyen, Sang T. Ta, Nguyen Ngan Nguyen, and DongQuy Hoang*
ACS Omega 2022, 7, 47285−47295
(本文)
https://pubs.acs.org/doi/pdf/10.1021/acsomega.2c06642
(追加情報)
https://pubs.acs.org/doi/suppl/10.1021/acsomega.2c06642/suppl_file/ao2c06642_si_001.pdf
PETボトルのリサイクルは既に随分前から行われています。
https://www.petbottle-rec.gr.jp/more/history.html
現状では、廃PETボトルは処理により、フレークやペレットになり、再びPETボトルになる場合や、その他化成品として再利用されているようです。
https://www.petbottle-rec.gr.jp/basic/flow.html
今回の研究例では、PETボトルとコハク酸を無溶剤、無触媒でマイクロウェーブを照射して酸分解(adidolysis)させ、オリゴマー物質を得ています。
オリゴマーを再利用するのに、同じPETボトルではなく、エポキシ樹脂用の硬化剤という新たな素材としての利用を検討しています。
この新たな素材としての利用ですので、著者らはリサイクルではなく、アップサイクルと主張しています。
『アップサイクルは、本来は捨てられるはずの製品に新たな価値を与えて再生することで、「創造的再利用」とも呼ばれています。』
https://sdgs.kodansha.co.jp/news/knowledge/40580/
とありますので、アップリサイクルと言えますが、上記のようにPETボトルは既にリサイクル化が進んでおり、本来捨てられるはずの部類に当てはまるかどうか?疑問です。
それはさておき、先へ進めます。
まずPETボトルですが、普通の飲み物用を集め、キャップとラベルを外して洗って使ったようです。
9.6gで50mmolとなっていますので、分子量=192と計算できます。
高分子物質なのに、分子量=192?となりますが、繰り返しユニットの式量を192として計算しているようです。これに関して、表2の脚注にも、9.60g(50mmol of repeating units)と書かれています。
https://www.ube.co.jp/usal/documents/o531_141.htm
PETを分子量=192とし、コハク酸(SA、
https://www.tcichemicals.com/JP/ja/p/S0100 )の分子量は118.09として、SA/PETの比率を分子量比で1.0、1.5、2.0、2.5として検討しています。
マイクロウェーブの装置については、特に説明がありませんが、180Wと120Wの二通りの出力ができるようです。家電の電子レンジであれば、120Wや180Wは出力が低すぎるように見えますが、自宅の電子レンジを調べてみると、100Wの出力に切り替えられるようになっていましたので、家電用をそのまま利用した可能性もあると思われます。
コハク酸は室温では固体で熱融解して液状となってようやくPETと反応するようです。
反応はPETが熱融解したコハク酸に溶け込んで行く中で進むようです。
PETのフレークがなくなった(全て溶けた)状態になることで、反応は完了したことになったようです。
まず、コハク酸の融点が188℃ですので、温度は188℃以上まで上げる必要があります。
ところが、コハク酸の沸点は235℃ですので、温度が上がりすぎるとコハク酸が蒸発してしまいます。
そこで、おそらく試行錯誤を経て、まずはマイクロウェーブを180Wで15分照射したようです。続いて、120Wで2.5分照射、0.5分休止することで、必要以上な温度上昇を防いだようです。この120Wで2.5分照射、0.5分休止を10回繰り返し、180W×15分も合わせて、トータル40分、マイクロウェーブ加熱を行ったようです。
一連の工程がScheme1に示されています。
PETとコハク酸の混合物をマイクロウェーブで加熱します。
続いてアセトンで20分還流させます。
不要物(IAc)を5%のNaOHで処理してpH=10とします。
溶けない部分(Im)が出てくればろ過して除きます。
このImはいわゆる不純物や未反応のPETのようですが、実際には全ての実験において、無視できるぐらい、少ない量だったようです。このことは、PETがうまく反応して変換されたことを意味するようです。
NaOHにより、PETが分解してできたテレフタル酸はナトリウム塩となり、水に溶けるようです。
NaOH溶解部分(ろ液)をHClで中和処理して、pH=2としたようです。
不溶物が発生し、テレフタル酸(TA)が回収されたようです。
テレフタル酸であることはFT-IRで確認したらしく、採取した重量も記録したようです。
一方、アセトン還流で溶けた部分はエバポレーターで溶媒を留去させています。
得られた部分をSAc(soluble in acetone part)と呼んでいます。
SacをMEKに溶かし、-20℃まで冷やします。
固形分が析出し、コハク酸(SA)だったようです。
コハク酸は融点188℃ですので、室温では固体粉末です。
一方、-20℃でもMEKに溶けていた部分(ろ液)の溶媒を留去すると、ペースト状の物質が得られたようです。得られた部分をOEST(oligo(ethyleme succinate-co-terephthalate)と名付けたようです。
結果が表2にまとめられています。
上記のように、仕込みはSA/PET=1.0、1.5、2.0、2.5の4パターンです。
Sub.lostはSAが蒸発して失われた量のようですが、容器のどこかに析出した分を回収して重量を測定して割り出したのでしょうか?
PETが9.6gでスタートして、完全に分解されたのであれば、理論的にTA(テレフタル酸)は8.31g回収できるみたいです。あとはエチレンガス?実際にはSA/PET=1.0の場合だと3.17g(38.1%)といったように、半分にも満たなかったようです。最高でもSA/PET=2.5の場合の4.26g(51.3%)だったようです。
コハク酸がもし、PETが全てテレフタル酸に分解していたのであれば、100%回収できるみたいですが、一部蒸発したようですが、それ以上に減っています。
これは結局のところ、オリゴマーが生成されたようで、テレフタル酸とコハク酸が結合してできたオリゴマー(OEST)が生成してしまったということでしょう。
全体のマスバランスはchange Δmg(%)で示されています。
仕込み比SA/PETと各成分の生成率については、図1に示されていて、コハク酸が多いほど、分解反応が進むのか、テレフタル酸の生成率が高くなる傾向だったようです。これは可逆的な反応であれば自然なことのようです。しかしながら、SA/PETの比率が2.5とコハク酸の比率がかなり多いにもかかわらず、テレフタル酸は51.3%しか回収できておらず、多くがオリゴマー化したようです。
コハク酸とテレフタル酸は80℃で減圧乾燥すれば簡単に乾燥できたようですが、OESTは粘性も高く、乾燥にはかなり時間がかかり、十分乾燥したかどうか?の判断は難しいようです。
減圧乾燥中には溶剤のような揮発性物質だけではなく、昇華したコハク酸も減圧チャンバーの中から回収されたようです。
表2において、SA/PET=1.0、1.5、2.0と大きくなるに連れて、Δmの%(の絶対値)は小さくなり、OESTの%は大きくなったと言及されています。ただ、SA/PET=2.5の場合はそうならなかったので、どうなのか?とは思いますが…
図2はSA/PET=2.5で実施した場合の、昇華した成分(Sub-2.5)のFT-IRは典型的なコハク酸や無水コハク酸の特徴を示していたようです。
MEKに不溶で回収したコハク酸(SA-2.5)ともよく似ていたものの、731、582、545cm-1のピーク(C-C=O、変角)は観測されず、分解したのでしょうか?
OEST-2.5の場合は、2200から3700cm-1の間にOH伸縮によるブロードなピークが見られ、テレフタル酸やコハク酸のカルボン酸に由来すると考察しています。また、1719cm-1にブロードで強いピークが見られ、テレフタル酸とコハク酸のエステル/酸のC=O伸縮共鳴の組み合わせによるものと考察しています。更に1507cm-1にテレフタル酸の環に由来する緩いピークが現れ、731cm-1には芳香環のCHの振動共鳴に由来する強いピークが見られたようです。
図3はSA/PET=2.5の場合、Scheme1で見たように、生成物をアセトンに溶解させ、溶媒を留去させた時点でのサンプル、Sac(Sac-2.5)の1H NMR測定の結果です。
図において、S=コハク酸、T=テレフタル酸、E=エチレンの各ユニットを示すようです。
結局、この1H NMR測定はこれらのユニットとコハク酸の比率を求めるために行ったようです。
その結果、T/E/S/SA=0.470/1.000/0.856/1.174となったようです。
図4はSacをMEKで処理し、MEKに溶解しなかったコハク酸(SA)、MEKに溶解したオリゴマー(OEST-2.5)、MEKで処理する前のSac-2.5(図3と同じ)を比較したものです。
本来、MEKで処理することにより、コハク酸は分離され、OESTの中にコハク酸が混入することはないはずだったようですが、実際にはOEST-2.5の測定結果にはコハク酸のピークが存在していました。そして、OESTでの各成分の比率はT/E/S/SA=0.440/1.000/0.738/0.601となったようです。
コハク酸の比率はMEKの処理前の1.174から0.601まで減ったものの、そこそこ残ったようです。
計算により、51.2%のコハク酸がOEST中に残ったようです。
これは、コハク酸とOESTは構造や極性、溶解性が似通っているため、なかなかコハク酸が抜けなかったのではないか?との考察があります。
図5はSA/PET=1.0、1.5、2.0、2.5における、OESTの1H NMR測定の結果です。
これを元にSAとPETの仕込み比とT、E、S各ユニットの相対数の関係を示したものが図6になります。
その結果、Eユニットは一定で、SAの仕込み比が増えるに連れてSユニットは増え、Tユニットは減っていったようです。要はコハク酸(SA)の比率が増えるとSユニットが増えたということは、コハク酸がOESTに取り込まれ、SAの仕込み比が増えるほど、構造に取り込まれるコハク酸も多くなったということでしょうか?
この現象はユニットを3つ組み合わせた状態での検証でも同じ傾向が見られたようです。図7に、コハク酸の仕込み比を増やすと、TESとTETのユニットは減ったのに対して、SESユニットは増えたようです。ここでも、コハク酸がOESTの構造に取り込まれたことが示唆されたようです。
表3は容量分析法により、OEST-1.0、OEST-1.5、OEST-2.0、OEST-2.5の分子量を算出した結果です。
この容量分析法ですが、『容量分析法(volumetric analysis)は滴定分析法(titrimetric analysis)とも呼ばれている。』とありますように、滴定を使います。
http://www.fumi-theory.com/img/YH-Titration.pdf
本文にも、OESTはジカルボン酸と見られ、NaOH水で滴定し、平均分子量が計算された、とありますが、滴定でどのような計算をしたのか?はわかりませんでした。
それはそうと、表3を見ると、コハク酸の仕込み比が大きくなると、分子量が少なくなる傾向にあったようです。
これはテレフタル酸に比べて、分子量の小さい、コハク酸がより多く取り込まれることで、結果的に分子量が小さくなっていった、ということでしょうか?
続いて、反応のメカニズムを考察しています。
Scheme2に示されています。
コハク酸がPETのテレフタル酸ユニットと反応し、結合を作ったようで、その結果として、OESTの構造にコハク酸が取り込まれたということでしょうか?
本文にも47290ページの右下に反応式が書かれています。
生成物はnHOCOC6H4COOH (テレフタル酸)とnHOCO(CH2)2COOCH2CH2OCO(CH2)2COOH(SES三量体)となっています。
PETから完全にテレフタレートエステルに置き換わり、自由なテレフタル酸を生成するには、SA/PETは2.0以上のようです。
一方、SA/PETが最小の1.0の場合、nHOCOC6H4COOCH2CH2OCO(CH2)2COOHが生成するようで、これはSchemne2のTES三量体に相当します。
ただ、実際には反応が可逆性であるため、PETとコハク酸の反応はより複雑な混合物となるようです。
ここまでSA/PET=1.0、1.5、2.0、2.5と検討してきましたが、SA/PET=0.7、0.5も検討したようです。
しかしながら、反応はうまく行かず、PETのフレークが溶解せずに残ったようです。故にコハク酸の量はSA/PET=1.0が最小となったようです。
反応に使ったコハク酸の量が少なかった場合、遊離する過剰なコハク酸も少なく、回収されたコハク酸の量は1.45g、重量変化は1.65mgと見積られたようです。(表2)
よって、MEK処理によるコハク酸の回収段階は考慮されなくても良いということになり?その結果として、精製工程はよりシンプルとなり、生成物の名前はSAc-1.0からOEST-1.0に変わったようです。
OEST-1.0はアセトン、THF、DMF、DMSOには溶け、メタノールとエタノールには溶けなかったみたいです。
図8はOEST-1.0の1H NMRの測定結果ですが、Sac-2.5の結果(図3)と特徴が似ていたようです。モル分率= T/E/S/SA=0.745/1.000/0.529/0.753と算出できたようです。
図9と追加情報の図S4はOEST-1.0のESI-MS(ESI-マススペクトル、 エレクトロスプレー法、
https://www.an.shimadzu.co.jp/hplc/support/lib/lctalk/47/47intro.htm )での測定結果です。
terephthalate [COC6H4COO](T), ethylene glycol [CH2CH2O] (E), and succinate [CO-(CH2)2COO] (S)の各ユニットの組み合わせで91もの構造が確認されたようです。
とにかくいろいろな組み合わせが観測されたようです。また、本文には容量分析法や1H NMR分析により分子量は310g/mol(なぜか表3では397g/molですが…)だったのに、ESI-MSでの分子量は584g/molと大きく異なっていたようです。
以上のことから、MSI-MSの装置がここにあるから、測ってみたという程度のことにも思えますが…
ビスフェノールA型エポキシ樹脂(DGEBA)とOEST-1.0を混合比がDGEBA/OEST-1.0=1/2(EP-OEST12)、DGEBA/OEST-1.0=1/1(EP-OEST11)、DGEBA/OEST-1.0=2/1(EP-OEST21)となる三種類のパターンを試したようです。
エポキシ樹脂とOEST-1.0の混合物は170℃×2分で予備加熱し、220℃×3h加熱して硬化物を作製し、透明な固形分が得られたようです。
図10は原料と硬化物のFT-IRの測定結果です。
1607cm-1、1508cm-1、832cm-1はビスフェノールAの芳香環に由来にピークで、硬化物にも反映されたようです。
DGEBAのエポキシ環に由来する914cm-1、3056cm-1のピークは硬化物では見えなくなり、エポキシ環が開いて首尾よく反応し重合したようです。
OEST-1.0に見られた729cm-1のピークはテレフタル酸ユニットに由来するもので、硬化物にも反映されたようです。
図11は硬化物のDSC測定の結果です。
ガラス転移点はEP-OEST21=45.6℃、EP-OEST11=64.1℃、EP-OEST12=60.7℃、EP-SA11(エポキシ樹脂とコハク酸で硬化物が作れる?)=72.3℃だったようです。
硬化物をアセトンに24時間室温で浸漬し、硬化物を取り出し、70℃×12時間乾燥後、重量測定をすることで、膨張試験を行ったようです。
浸漬する液にアセトンを選んだ理由として、エポキシ樹脂とOEST-1.0のどちらも溶かすことができるからだったようです。
検討したいずれの場合もエポキシ樹脂とOEST-1.0は首尾よく架橋反応が起きたようです。
中でもエポキシ樹脂とOETS-1.0を等モルで仕込んだ場合、高く架橋し、膨張率は最も低く、ゲル含有率が最も高かったようです。(追加情報の表S1)
最後にOESTとエポキシ樹脂の反応のメカニズムがScheme3に描かれています。
EP-OEST21=P{21}、EP-OEST11= P{11}、EP-OEST12= P{12}となるようです。
P{21}はより多くのエーテル結合を保持しているようです。エーテル結合はエステル結合よりフレキシブルです。その結果、EP-OEST11のTgがEP-OEST21より高くなったようです。
所感です。
PETのフレークとコハク酸を無溶剤、無触媒でマイクロウェーブにて加熱した研究例でした。
おそらく最初はテレフタル酸とエチレンガスに分解させ、コハク酸も元通りに回収することを目指していたのではないか?と思います。
しかしながら、いろいろやってもオリゴマーの粘調な部分ができてしまう、ということになったのでしょう。
しからば、それを別の形で利用しようという発想の転換があり、その結果、エポキシ樹脂の硬化剤となり、アップサイクルができた、となったのでしょう。
廃棄物をリサイクルする場合、往々にして、色調は犠牲にすることが多いのですが、今回の研究例の場合、透明な硬い固体が得られたということで、それはそれで注目すべき結果だったと言えそうです。
Tgがやや低めなのが気になるところですが、これは今後の改良で何とかなるかもしれません。
また、機械的強度などは今後検証すべきでしょう。
結局のところは、既に行われているPETのリサイクルの方がコスト的にも有利かもしれませんが、何とか新しい手法を見つけだそうとする試みは重要で十分評価できると思います。